誠斎伊東甲子太郎と御陵衛士

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B 書簡類

B-8 慶応4年6月 鈴木三樹三郎への軍曹辞令

(鈴木家蔵)


赤報隊が帰京してまもなく、三樹・新井・篠原の旧御陵衛士3名は投獄されてしまった。やがて嫌疑は晴れ、釈放されたが、薩摩藩預かりとなり、赤報隊同志とは合流できなかった。赤報隊は徴兵七番隊として、5月に京都を出立したが、三樹ら三名は京都に留めおかれた。慶応4年6月、三樹は軍務官軍曹に任命され八人扶持を賜り(新井・篠原のほか、土佐藩陸援隊だった田中光顕・香川敬三なども軍曹に任命されている)。江戸出張を命ぜられた。上は軍曹の辞令。解読文は準備中。

(2007.5.7)

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