注:2007年6月中旬以降、戒光寺御陵衛士墓所は「不届きな参拝者のため」立ち入り禁止になりました。戒光寺墓地の柵に掲示がされています。ファンのために、命日(11月18日)は立ち入りを許可していただけるそうです。命日以外は柵越しに墓参ということになります。いつお参りするにしても、墓所・お寺(ご本堂)においてはくれぐれもマナーを守るようにしましょう(お互い)。 |
■「戒光寺」とは
(以上、戒光寺パンフレットの文章を、ご住職の許可を得て転載しています) *管理人がご住職にうかがった明治以前の戒光寺
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■本堂・内陣ご案内 ◆お釈迦様一代記 本堂内陣の左右の壁にかけられている絵は、お釈迦様が誕生されてからお亡くなりになるまでの間に起こった不思議な出来事やお話が、一場面一場面、絵で綴られています。 ◆曇照忍律上人坐像(重文) 戒光寺開山木像。重要文化財、鎌倉時代、作者不詳。 中国に2度に亙って留学し、1度目の入宋後戒光寺を開創され、2度目の入宋後東林院(泉涌寺門前現東林町の辺り)を開創され、戒律復興の先駆けとなられた次第です。 10数年前にイギリスで開催された「ジャパンフェスティバル」の芸術品部門に出品。大英博物館に鎌倉期の代表的彫刻として紹介され、帰国後重要文化財に指定されました。 ◆不動明王 木像。造られた時代、作者共に不明ですが、鎌倉時代より前のものではないかと言われています。 不動明王の像は岩座を踏み締めるのが普通ですが、この像は非常に珍しく、足の裏を見ることが出来るのです。 ◆泉山融通弁財天(秘仏) 泉山七福神の第二番、泉山融通弁才天はその名の通り「金銭の融通をして下さる。」弁天様で学芸・商売はもとより「融通を利かせてあらゆるお願いを聞いて下さる。」と信仰が厚い。この尊像は伝教大師作と伝えられており、秘仏御開帳は年2回、1月の成人の日に行われる七福神巡りと11月3日の弁財天大祭のにみ行われています。 (以上、戒光寺パンフレットの文章を、お寺の許可を得て転載しています) *伊東らも天皇の身代わりとなったご本尊に特別な思いを抱いていたのではと想像しています。 |