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文久3年9月21日(1863年11月2日)
【江】長州処分に関わる幕議
【越】土屋小六、福井到着。容保の内示を伝える

■春嶽再上京
【京】文久3年9月21日、京都詰越前藩士土屋小六が福井に到着し、春嶽が総裁職無断辞職・帰国を詫びれば逼塞解除になるとの会津藩主松平容保の内(こちら)を伝えました。

関連:■テーマ別文久3年:「松平春嶽再上京」■開国開城「政変後の京都−参与会議の誕生と公武合体体制の成立」■「春嶽/越前藩」「事件簿文久3年」
参考:『続再夢紀事』ニ(2004.12.2)
■長州処分
江】文久3年9月21日、幕府は、長州藩が(1)幕府の使者中根一之丞(正聖)を殺害したことこちら)及び(2)詰問書に対しても幕府に抗弁したことを理由に、彦根藩主井伊直憲、肥前藩主鍋島茂実、及び小倉藩主小笠原忠幹を長州に派遣して藩主父子を江戸に召し出そうと決めました。

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長州処分に関する幕府の策については、諸藩が異議を申し立てたために実行できなかったそうです。しかし、このことを伝え聞いた長州藩士は激昂したとか・・・。(禁門の政変後の政局の懸案は(1)公武合体派の統一、(2)攘夷・鎖港、(3)長州処分、でした)。

関連:■テーマ別文久3年:「長州処分と家老の入京歎願」■長州藩日誌文久3
参考:『徳川慶喜公伝』(2001/11/02)

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