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文久2年5月29日(1862.6.26)
【江】清河八郎、桂小五郎に面会を求めるが桂、会わず。

■清河八郎
【京】文久2年5月29日朝、清河八郎は桂小五郎に面会を求める匿名の書簡を遣わしました。しかし、桂は清河に会いませんでした。(「潜中始末」、「潜中紀事」)

<ヒロ>
自分を売り込もうという気持ちがあふれる文面 (「興長士桂某書」)になっている気がします。

清河が桂に面会を求めたのは、「有志中」にその名が高い桂と一度議論をしたいという理由ですが、もちろん一度議論したいというだけではなく、桂を魅了し、桂を通して長州藩を見方につけたかったはずです。それだけに、桂が会わなかったのは自信家の清河にはショックだったと思います。

なお、清河は「潜中紀事」において、桂が自分に会わなかったのは、自分が「潜士」(潜伏中の浪士)であるため、桂が「畏蹙」したのだと記しています。そして、後に水戸で桂の評判を聞いたところ、凡人だとわかったとしています。桂宛書簡中で桂をしきりに「思慕」している風なのは人をひきつける術策だったのだとも付け加えています。(う〜ん、なんだか、負け惜しみっぽい^^;)

関連:■「今日」◇文久2年5月28日【京】清河八郎、薩長藩士を激励するため、書を浦靱負に。清河/浪士組年表 文久2年@衛士館 (また、掲示板(居酒屋:歴史会議室)に清河八郎と桂小五郎関連スレッド(進行中)があります。情報・ご意見お待ちしてます^^)。
<参考>『清河八郎遺著』(2003.7.2)

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