7月の「今日」  幕末日誌文久3 テーマ別文久3 HP内検索  HPトップ

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文久3年5月17日(1863.7.2):
【江】幕府、越前藩重臣を呼び出し、春嶽の逼塞・茂昭の差控を解免
【久留米】真木救解:真木和泉ら久留米藩急進派釈放される。

■春嶽の総裁職解任
【江】文久3年5月17日、幕府御用番井上河内守は、越前藩重臣を呼び出し、春嶽の逼塞・茂昭の御目通差控を解免しました。

春嶽は3月21日に総裁職辞任届捨てのまま無断帰国し(こちら)、26日に総裁職を罷免され、逼塞処分に課せられていました(こちら)

なお、朝廷は、春嶽の逼塞が解除されたとは認識しておらず、このため、8月の政変後も春嶽はなかなか上京することができないことになります・・・

参考:『続再夢紀事』ニp23-242004.7.4)
関連:■開国開城:「将軍家茂入京-大政委任問題と公武合体策の完全蹉跌」 ■テーマ別文久3年:「政令帰一問題」「春嶽の総裁職辞任」 「越前藩挙藩上京計画」■「春嶽/越前藩」「事件簿文久3年

■真木和泉救解
文久3年5月17日、真木和泉ら久留米藩急進派が釈放されました

救解運動が実ったわけですが、真木らと対立する守旧派の反発を恐れて、藩庁は真木に直ちに上京するよう命じました。真木は22日には久留米を離れて上京の途に着きますが、結果的に、この日が真木と故郷との永別の日となりました。

関連:テーマ別「真木和泉救解
参考>『修訂防長回天史三下』p416・『維新史』三(2004.7.4)


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