7月の「今日」  幕末日誌文久3 テーマ別文久3  HP内検索  HPトップ

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文久3年6月5日(1863.7.20):
【長】フランス軍艦、長州に報復
【京】朝廷、小倉藩主小笠原忠幹が下関外国船砲撃に
応援しなかったことを責め、海門守備・外夷掃攘に貫徹を期させる

■長州藩攘夷戦争
【長州】文久3年6月5日、フランス軍艦タンクレード号・セミラミス号が長州に報復しました。

長州藩は5月23日、下関海峡を航行中の仏軍艦キンシャン号を砲撃していました。これへの報復として両艦は6月5日に下関海峡に入ると、各砲台に砲撃を開始し、さらに約250名の陸戦隊を上陸させました。陸戦隊は砲台を破壊し、武器を奪い、民家を焼き払った後、帰艦したそうです。

*長州は攘夷期限当日の5月10日、下関を通航していた米国船ペンブローグ号を砲撃しており(こちら)、その報復として、6月1日に米国軍艦ワイオミング号に砲撃を受けたばかりでした(こちら)。

参考:『修訂防長回天史』三下p452
関連:■開国開城:「賀茂・石清水行幸と長州藩の攘夷戦争」■テーマ別:「長州藩の攘夷戦争
その他:【京】朝廷、小倉藩主小笠原忠幹が下関外国船砲撃に応援しなかったことを責め、海門守備・外夷掃攘に貫徹を期させる(『綱要』四)
【京】中川宮、上書して攘夷先鋒を願い出る

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