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文久2年8月6日(1862.8.30)
【江】守護職就任:
中根雪江、春嶽の使者として会藩家老横山主税を訪問して説得

■容保の守護職就任
【江】文久2年8月6日、越前藩士中根靱負(雪江)は松平春嶽春嶽の使者として会津藩家老横山主税を訪ね、京都の警衛が不十分で朝廷も不安に感じていることを伝え、守護職を早急に請けるよう説得しました。

しかし、横山は国許の評議の結果がまだ届いていない上、容保が病で出勤できるかわからないと回答しました


「再夢紀事」によれば、この日、中根は春嶽の使者として会津藩家老横山宅を訪問し、京都の警衛が不十分で朝廷も不安に感じていることを伝え、早急に守護職を請けるよう説得しました。↓

「先達来京師以之他御手薄にて朝廷にも御不安心被思召候御模様にて一條殿より熊本候へ御沙汰の趣も有之(是は一條殿より御近縁之訳を以 公武之御間御周旋有之様熊本候へ御沙汰有之趣今朝熊本御家来共より御内々申上有之故)次第にも候得は早速御請被 仰上候様御催促之御趣意なり」

これに対して横山は国許の評議の結果がまだ届かず請け難いこと、そのうえ容保が病気で仕事を勤めることが難しいと回答しました。(「国許へ及評議候返報今以無之ニ付俄御請には難及其上会候御所労出勤之程難計趣」)

参考>『再夢紀事・丁卯日記』・『七年史』一(2002.9.25)
関連:■開国開城「勅使大原重徳東下と文久2年の幕政改革」■「京都守護職事件簿」:「文久の幕政改革と京都守護職拝命」■テーマ別文久2年:「容保の守護職就任」「所司代人事

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