オフ会/史跡めぐり&グルメ?日記6
(2001年1〜4月)
しーなさん、ねみさん、つきさん、でたさんと5人で旧江戸城(皇居)周辺の史跡をめぐってきました。いつものように江戸切絵図、ぴあマップを照らし合わせながらの史跡さがし♪今回は、それに加えて、こないだの土方展でGETした『幕末維新江戸東京史跡事典』という強い味方が。史跡の説明と住所がのっているのです^^。地図と総索引のないのがちょっと不便だけど・・・。
★伝馬町牢獄跡・松蔭終焉の碑★
駅の裏側が牢獄跡。『史跡事典』によると、総面積約2700坪で、そのうち獄舎が約400坪だったそう。南端には処刑場があり、山田浅右衛門が処刑を執行。安政の大獄では、橋本左内、吉田松陰、頼三樹三郎などが収監され、ここで処刑されました。処刑地付近には、浄霊のために真言宗のお寺が設置されています(大安楽寺)。牢屋敷跡の向かいの十恩公園に、「松蔭先生終焉之地碑」が建てられていました。昭和14年に萩市有志が建てたんですって。松蔭の辞世「たとえ身は武蔵野の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂」が刻まれていました。奥に、もうひとつ碑があったけど、こちらは皇国史観というのかな・・「天子様に忠義をつくし」「山県有朋などのえらいひとを門下に輩出した」松蔭と長州出身の政治家を誉め称える文句が並べてありました。わたしは左内をひいきしているので、左内の碑がないのがちょっと残念でした。薩長強し・・・。
★お玉ヶ池種痘所★
牢獄から岩本町方面に向かって歩いていくと、ビルの壁面にお玉ヶ池種痘所跡の碑が。もとは川路聖謨の屋敷だったそうだけど、種痘所をつくりたいという医師らの要請を川路が快諾したのだそう(エライ!←川路も好きです^^)。種痘所は蘭学者たちがお金を出し合って安政5年にできたのだけど、半年ほどで火事になり、結局、和泉橋で再建されることに。これがのちの和泉橋医学所になったそうです。お玉ヶ池は現在、残っていませんでした。 |
★千葉周作の北辰一刀流道場(玄武館)・東条一堂の瑶池塾跡★
次は秋葉原駅方面に向かって北辰一刀流千葉周作道場を探しました。東松下町の東洋高校の敷地内に碑がありました。土曜だというのに門があいていて、わたしたちのような史跡ファンのために門をあけてくださってたのだろうか・・・と感謝。清河八郎、有村仁左衛門、坂本龍馬、藤堂、伊東の師などが通ったとされる道場です(藤堂はアヤシイけど)。隣に漢学者東条一堂の塾があり、千葉道場と両方通った者も多かったそう。碑は東条・千葉の合同でした。 |
★藤堂和泉守屋敷跡・和泉橋医学所跡・伊庭道場跡★
秋葉原までくれば、御徒町方面の史跡はすぐ近くということで、古地図(東都下谷絵図)とぴあマップを見比べながら、史跡を探して歩き回りました^^。和泉橋を超えて昭和通り(日光街道)を東にしばらくいくと、藤堂和泉守上屋敷。さらにちょっと行くと、和泉橋医学所(お玉ヶ池種痘所が移転されたところ。のちに幕府の管轄におかれて医学所となって、松本良順がしきった。京都から敗走してきた近藤勇・沖田総司が治療を受けた)、心形刀伊庭軍兵衛道場跡、伊藤玄朴屋敷跡(種痘に尽力した蘭学者でシーボルトの弟子)が一角に固まってありました。
★ランチ:「鶏料理屋玉ひで」→ベンガル・カリー★
お江戸ぐるめ隊の今日のメインイベントは実は人形町の軍鶏料理屋「玉ひで」(創業天保年間)だったりしたんだけど・・・なんと、50人?ほどが行列待ちで、歩き回って空腹だったわたしたち、あっさり断念。でも無念・・・。次回は、開店前から並ぶか、予約制の夜の部(6000円からと高いけど)でまったりするかにしようね・・・と誓ったのでした・・・。で、なぜか甘酒横丁のベンガル・カリーの店へ(笑)。インドには3年近くいたことのあるわたしにも、「ティケ(オッケー)」な味でした^^。
水天宮まで歩いていき、ついでにお参りしてから、地下鉄にのって永田町へ。後から考えれば、水天宮が甘味処に寄る最後のチャンスでした;;。江戸時代からの甘味屋が水天宮の向かいにあったんですよネ。
★彦根藩上屋敷跡・桜田門★
永田町から桜田門めざして歩きました。桜田門外(現在警視庁のあるあたり)で暗殺された彦根藩主・大老の井伊直弼の屋敷は、桜田門の南西わずか500メートルの位置でした。近い。古地図と比べながら、周りを歩いたのですが、とにかく広い。『幕末維新江戸東京史跡事典』によれば、総面積約2万坪だそうな。井戸の跡が残ってました。 (写真は彦根藩邸方面からみた桜田門) |
★御曲輪内大名小路1:西御丸下=皇居外苑★
桜田門から西御丸下(皇居外苑)に入り、大手門、坂下門を見学しました。外苑は広くて車もはいってないし、格好のお散歩コースなようです。江戸切絵図によれば、皇居外苑(内堀通りの南北ともに)は昔は江戸城の西御丸下と呼ばれていたらしい。ここには老中・若年寄の役宅、そして会津藩上屋敷がありました。会津藩は親藩の中で唯一内堀の中に屋敷を拝領している。会津藩の藩祖保科正之は将軍家の隠し子だったので、(御三家以外の)親藩の中でも特別待遇だったんだな〜としみじみ。会津藩が幕府に忠誠を尽くすことを家訓としているのも納得。(しかしトイレが16時に閉まっているのには参った〜)。
★御曲輪内大名小路2:堀=日比谷通り沿い★
和田倉門を左手に見ながら日比谷通りを南に、地下鉄日比谷駅へ。日比谷通りは堀(馬場先壕)沿いの通りですが、切絵図によると当時は八重洲川岸と呼ばれたようです。柳の新緑がきれいでした^^。このあたりは老中板倉周防守、林大学守、常火消し役宅などが続いています。馬場先門のあたりで堀をのぞくと巨大な鯉がうようよ・・・・・。カルガモよりでかいんですよ。すごい・・・。日比谷駅の近くには日比谷門跡の石垣が残っているそうだけど、今回はパス。ちなみに桜田門外の変で大老を襲撃した水戸藩士は日比谷門外に待機していたそうです。ところで、御曲輪の東端は外堀通り・・・東京駅のあるあたりで、時代劇遠山の金さんで有名な北町奉行所もそこにあったんですって。
★六本木居酒屋新選組★
いつものように、6時間近く飲んで食べて騒いでいました♪日中、かなり歩いたので、ビールがおいしかったこと!
え?もう4月なのに・・・というみぞれふりしきる中、桜満開の上野にいってまいりました^^。あまりに寒かったので、予定していた史跡めぐりは飛ばし(笑)、土方展と栗塚旭トークショー、そして上野ぐるめとあいなりました^^。お会いしたみなさんには、インドの紅茶とボリビアのコカ茶のおみやげをおしつけさせていただきました;;。
★西郷隆盛像・彰義隊墓所★
上野での待ち合わせは西郷像。西郷像は猟に出かける格好なのですが、西郷の奥さんが「似ていない」といったのは有名な話。でも、これは顔が似ていないという意味ではなく、西郷はこのような格好で人前にでるひとではなかったということらしいのです。彰義隊墓所は西郷像のすぐ近く。資料館があるのですが、普段は閉まっていて、事前に連絡すれば開けてもらえるそうです。ここで、別口のオフで上野にいらっしゃったしゅんさん&お友達と合流。松坂屋までご一緒しました。しゅんさんとひとしきり高台寺党盛り上がりで楽しかったです(彰義隊の墓所の前なのに;;)。
★松坂屋土方展★
栗塚ショーは昼からだったんですが、トークショーのあとのサイン会は予約制ということで、とりあえず松坂屋の状況をチェックすることにしました(寒かったし:涙)。土方展の一角に書籍&ビデオ&新選組グッズコーナーが設けてあり、サイン会は書籍を買った人が対象、先着100名ということでした。『幕末維新江戸東京史跡事典』などを買って、予約券を無事GET♪
土方展の方は、主な展示物は土方生家の模型、土方や沖田の書簡、土方の刀(和泉守兼定ではなかったです)など。わたしは佐藤彦五郎が土方の死について書き留めたメモが、感慨深かったです。くずし字が読みやすいので「討死・・・」の文字等々が結構読めたんです。古文書が読めたら世界が広がるんだろうなあってつくづく思いました・・・・・・。
松坂屋入り口で、去年オフで何度かご一緒した雅聖さん(騒ぐだけで何もしない同盟同志:笑)と再会してひとしきり感動。新選組サークルのオフ会ということでした。このサークルは浅葱のはっぴをきたり、会員に隊士名をつけているそうな。ファンさまざまです・・・。
★おそば屋★
お昼は創業180年のおそばやさんで。土方さんや伊庭っちも食べたのでは?と妄想たくましくしながら鴨ざるをいただきました^^。鴨とねぎを煮込んだ濃いだしにざるそばをつけて食べるんですが、関西人にはちょっとおだしが濃いのと、鴨の油がしつこかったです。でも、そば湯をいただいておだしは最後までいただきましたヨ。混んでいたのでゆっくりできなかったのが残念・・。
★栗塚旭トークショー&サイン会★
土方ファンのしーなさん、やはり時代劇ファンの京の字さんがここで合流。栗塚さんは60~70年代に司馬遼太郎原作のTVドラマ「新選組血風録」と「燃えよ剣」に土方を演じ、沖田役の島田順司(はぐれ刑事の課長役の方)さんとともに新選組ブームを作った方です。わたしはリアルタイムではみたことなく、ビデオだけなのですが、オタクファンなのです(笑)。周りを見回すと平均年齢の高いこと、50代くらいのおじさまおばさまが多かったようです〜。ドラマのファンではないしーなさん、土方の話をきいて目がうるうるしていました・・・。栗塚さんはほんとに声が優しく愛想のよい方で、ドラマでのクールな土方役とのギャップが(笑)。京都哲学の道若王子に喫茶店を開いておられるのですが、そこに栗塚記念館みたいなのをつくって、ファンのひとたちと交流できる場にしたいとおっしゃってました。サイン会はもちこみの「血風録」ビデオにサインしてもらいました。そして、わたしたちがサイン会で盛り上がっている間、しんぼう強い森さんは、居眠りしながらずっと待っておられました。ありがとうっ!!
ところで、サイン会のために並んでいるとき、わたしたちの前におられた年配の女性の方と結束作品について盛り上がったのですが、あとできくと、熱烈な栗塚ファンとして有名なY山さんとおっしゃる方だったそうです。気づいたのは京の字さんで、彼女の番になって栗塚さんが「あ〜Y山さんですか!」とおっしゃったそう。その後、当日買った本のなかにナント彼女が写真入りで紹介されていたとか。京の字さん@井戸端にいわく「テレビ番組のファンをここまで長年にわたって熱烈に続けてこられる、その幸せのようなものを私も欲しいくらいです」。同感です・・・。
★風月堂★
ほんとは上野界隈はグルメスポットが多いんだけど、とにかく雪で寒かったので手近な風月堂に〜。特に、ン十代のかしまし姐さんトリオがいつものパワーで異常に盛り上がっていました;;。
夜の部がなかったので、なんだかしゃべりたりない一日ではありました(笑)。
文化年間(1800年くらい)に開かれた庭園。四季折々の花の咲くことで有名。文人墨客がたくさん集まったらしい。句碑もたくさんあったが、くずし字が読めない、読めても意味がわからない・・・と文学的素養のなさをみんなで暴露しあい、ガハハと大笑いしながらのおしゃべりに花が咲いたわたしたちでした。でも、梅はきれいでした^^。静かに写生したり写真をとっていたおじさま・おばさまたち、ごめんなさ〜い。
★言問団子★
百花園近くには名物の甘味屋がいくつもあるんだけど、長命寺の桜餅か言問団子が二大名物といったところ?今回は、言問団子のお店にいき、団子とお茶のセットでおしゃべり♪
★霊厳寺★
桑名藩菩提寺だけど・・・わたしは、このお寺の墓所に入ると寒気がするので中に入れないんですよ。今回もみなさんを外でお待ちしました。
★深川宿(深川めし)★
深川めしは、みそのぶっかけご飯が当時そのまま・・・ということで、前から入りたかった深川宿。資料館の前に位置しています。人が並んでいて期待が高まる・・・。結果は・・・みそが甘くて濃すぎ・・・サービスも今一。値段も高い。深川めしは、「みや古」が絶対おすすめです^^。
★深川江戸資料館★
さゆりんさんが合流し、にぎやかに楽しくひな祭りバージョンの深川佐賀町をそぞろ歩きしました(気分ね^^)。ひな祭りの飾りも、商家、夫婦もの、小唄の師匠などでそれぞれ違う芸の細かさはいつも通り。相変わらず上がりまくり、ひきだし開けまくりの押し込み強盗のような一行でした(笑)。
★居酒屋★
六本木まで行くのが面倒になって急遽ご近所の両国へ。適当にみつけた居酒屋でやっぱり6時間近くしゃべりまくりでした〜♪