「篠原栄一郎さん……」
「俺が!? ちょっと待ってくれよ! それは濡れ衣だ!」
名前が届いた直後、水銀灯の後ろから、慌てて栄一郎さんが現れた。
でも、私はその言葉に心を動かされることはなかった……。
「……昔から彩子を好きだったあなたには、充分すぎるほどの動機がある。復讐計画を実行するための資金も人脈も、問題なし。さらに言えば、あなたには不審な点もあるわ」
「不審な点だって?」
「ええ。ここを掘る話に、あなただけが執拗に反対していたことよ。昨日、病院でだって、ここを掘るって言った山崎さんに『やはりそれは避けられませんか』なんて不満そうに」
「だからそれは、彩子ちゃんが出てきたらどうしようかと……」
「本当にそうなの?」
「本当だよ!」
「そうは思えないわね。売れなくなったアイドルじゃないんだから、『今』の彩子をそこまで見たくないわけはないわ。普通は、真実を確かめようとするはずよ。あなたみたいに強い人なら、なおさらね」
「な……」
栄一郎さんの顔色が変わる。それをスキと解釈して、私はさらに攻めた。
「あなたは、どうしてもここを掘られたくないんだわ。それは、あなた自身がここの秘密を知っているから……そして、掘られることにこの上ない精神的苦痛を感じるからよ」
「俺はそんなこと知らない!」
「それなら、もっとわかりやすく言いましょうか?」
「言ってくれよ!」
私は息を吸い込み、足元をじっと見つめて、そして言った……。
「……ここに彩子を葬ったのは、あなたでしょう」
「なんてことを……」
栄一郎さんが、恐ろしそうにつぶやく。
私は、さらに自分の推理を続けた。
「……きっとあなたと彩子は、私や幸広くんが思うよりも、ずっとずっと深い関係だったのね。私たちの知らないところで、結婚の約束でもしていたのかもしれない。そんな彩子が、あの5人組に追い詰められて自殺して……あなたが最初に彼女を見つけた。そしてあなたは、彩子が大好きだったこの場所にそっと彼女を葬ると、その瞬間から復讐計画を開始したんだわ」
「いいかげんなことばっかり言うな! 証拠はあるのか、証拠は!」
……それは、私の記憶の中にいる栄一郎さんの中でも、最大級の怒りだった。
その勢いに、今度は私が押される番だった……。
「俺は犯人じゃないし、事件のことなんか何も知らない! それ以外に言いようがないんだ! そりゃ、俺は君たちから見ればちょっと外れた存在だったろうし、彩子ちゃんのことは好きだった。怪しく見えるのは仕方ないさ。……だけど! だからって俺を犯人に仕立て上げようってのはあんまりじゃないか! 案外、君こそが犯人なんじゃないのか!?」
「な……何よ、それ……」
「そうだ! 確か、俺たちがブロードファームに監禁されたとき、幸広くんだけは簡単に逃げられるようにしてあったじゃないか! 彼だけを助けたいなんて気持ちがあるのは、関係者の中じゃ君とめぐみさんだけだ! めぐみさんには動機がないから、やっぱり犯人は君だな!」
「そんな! それこそ濡れ衣にこじつけじゃないの!」
私は返したが、栄一郎さんの叫びは続いた。
「俺は負けない! 絶対にはっきりした証拠をつかんで、彩子ちゃんのかたきを討つ! 覚悟を決めて待ってろ!」
そして、彼はくるりと背中を向けて、行ってしまった。
「あ、ちょっと……!」
……私は、ひとりになった。
まいったわね……。
やっぱり、栄一郎さんは犯人じゃなかったのかしら。
でも、あの態度……犯人とも、犯人じゃないとも言い切れない感じね。
絶対にはっきりした証拠を……か。
もし栄一郎さんが犯人じゃないとしたらだけど、彼が見事に真犯人を当ててくれるのを祈るしかないのかな。
……と思ったとき、私はハッとした。
昔、マーメイドファームで経営資金の横領事件が起きたとき、栄一郎さんのお父さんはその金力と発言力で、状況証拠が不利だった人をむりやり犯人に仕立て上げたことがある。
この狭い町では、それが可能なのだ。
と、いうことは……。
私だって、今回の事件の黒幕にされちゃう可能性があるってことじゃない!
……すべての気力が抜け、私はその場に座り込んでしまった。
これからどんなに真犯人探しをがんばっても、マーメイドファームが動き出したら、小規模牧場の娘にはもう打つ手はないのだ。
それが、この町のルール……。
座り込んだまま、私は桜並木を、そして想い出の川を見渡した。
……あと何日、私はこの景色を見ていられるだろう……。
記念日 -ANNIVERSARY-
終