「桜川署の刑事、山崎照文さん!」

 

 

私が声高らかに宣告すると、その影は、情けなくも水銀灯の後ろから飛び出してきた。

「お……おいおいおいおい、いったい何を言い出すかと思ったら。俺が犯人だって?」
「そう。あなたこそが、今回の事件の黒幕よ」
「……なぜ、そう思うんだ?」
山崎さんは、まずは何が証拠でそんな推理にたどり着いたのかを聞きたいらしい。

「……この事件の真実が彩子に近いところにあるのは、刑事のあなたなら当然わかっているわね。それで、私や幸広くんや栄一郎さんなど、彼女に近い立場の人が疑われた。あなたは話さなかったけど、きっと私たちの知らないところで、アリバイ調べなんかもしたんでしょ?」
「ああ、それは当然だ」
「でしょうね。……でも、私は気付いたわ。彩子に近い立場にいながら、捜査の目がまったく向かなかった人がただひとりいたことに」
「何? そいつはどこの誰だ!?」
大げさなほどに大きい声で言い、マンガみたいにそのへんをきょろきょろし始める山崎さん。私は、そんな動きを封じ込めるように告げた。
「あなたよ」

「……俺!?」
彼は、私が先に「あなたが犯人」と宣告しておいたにも関わらず、情けない声を上げて驚いていた。演技はあまり上手い方ではないらしい。
「そう。あなたはもともと、彩子の事件を追っていた。彼女と直接の面識はなかったかもしれないし、あるいはそれ以前から何かあったのかもしれない。でも、そんなことは重要じゃないわ。例え直接の面識はなかったとしても、彩子について調べていくうちに、彼女のたおやかな魅力に夢中になってしまったという可能性もあるもの。優しくて内気な彼女は、男性なら誰もが理想とするタイプだわ」
「おいおい。それじゃ俺は、捜査資料を見て彼女に恋したとでもいうのか?」
「ありえないことじゃないでしょ。本当の性格を知らないアイドルや、実在しないアニメのキャラなんかに恋する人の例は無数にあるわ」
「しかし……」
苦しそうになる山崎さんに、私はさらに続けた。

「……とにかく、彩子に特別の思い入れがあったあなたは、彼女の行方を必死に捜査した。そして、きっと真相に迫って事件の全貌を見たのね。ところが同時に、それが法律とか警察の力とかじゃとても裁けない真実だったことも知ったとしたら? やはり、自分の手で……って考えるんじゃないかしら。懸命に捜査する側に犯人がいるなんて普通は考えないし、実行するのにためらいはなかったと思うわ」

「……理絵ちゃん。本気で、俺がそんなことしたと思ってるのか?」

山崎さんの視線が、今までの呑気なものから一転した。……この雰囲気に怯えて飲まれてしまってはいけない。
「ええ。刑事だから……って正義感を主張したって無駄よ。最近の警察の不祥事の多さに、一般市民はあきれてるんですからね。むしろ、警察だからこそ暴力団とのつながりがあるんじゃないか、って疑われるようなご時世じゃないの」

 

 

「ぎゃはははははははは!!」

 

 

……何を思ったか、山崎さんは突然、大笑いを始めた。

「や……山崎さん?」
「いやー、そいつはいいや。見事すぎる推理だ。し、しかし……はははは、一生懸命俺を追い詰めていたかと思えば、その見事なオチ! 大リーグ級のフォークボールだ! ま、負けた……はははははは……はあはあ」

「……何がおもしろいんですか?」

私は聞いてしまった。
「何って君、今の、ジョークだよ。ちょっと皮肉が入ってるけど、今の警察にはそういうのが必要なんだなあってしみじみ、さ」
「あの、今の別に、ジョークってわけじゃなくて……」
「……あ、そろそろ捜査会議の時間だ! 今日はなかなか笑わせてもらったよ。それじゃ!」
「あ、あの……」

……行ってしまった。

 

 

想い出の河原に、風が流れる。
それを全身に受けながら、私が思ったこと。

……時間というのは、自分がどんな過ごし方をしようと、平等に流れていくものなのだ。

 

 

ああ……。
最後の日くらい、幸広くんと一緒に町めぐりをすればよかったな……。

 

 

記念日 -ANNIVERSARY-

 


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