「それでも、黙っていることはできません。私はこのことを公表します」
「真奈ちゃん……」
きっかさんの目に不安のようなものが浮かぶ。その正体がわかった気がした私は、言った。
「大丈夫です。きっかさんにも他のスタッフにも、影響はないはずです。あなた方は何もしていないんですから」
「そうかな……。ま、あたしたちのことはともかく、あなたがそこまで言うなら、他人のあたしには止める手段はないか。でも、気をつけるのよ」
「はい」
きっかさんの気づかいにそう答えて、私は行動を起こした。
私はまず、きっかさんに留守番を頼み、問題のCDロムを持って篠崎厩舎へと向かった。真っ先にこれを見せるべき相手は決まっている。
「ああ、真奈か。……どうかしたのか? 神妙な顔をして」
「お父さん」
私は父に――今となっては唯一信用に値する父に、久々にそう呼びかけた。
そして、話を進める。
「……お父さんは、お母さんや長瀬先生のことを信じてる?」
「もちろんだ」
深く考えることもなく、父は答えた。
「ならばこれを見てちょうだい。そんなこと言えなくなるから」
私はそれだけ言い、大仲部屋にあったパソコンを借りて、立ち上げる準備を始めた。
「何があったんだ……?」
その途中に父は聞いた。私は逆にたずね返した。
「お父さんは、お母さんと私と、どっちが大事?」
「やきもちか? らしくないな」
「そんなことじゃないわ」
答えたとき、準備が完了した。
「これを見て。百聞は一見にしかずよ」
そして、問題のファイルを開く……。
……。
父は、何も言わなかった。
一言たりとも、言葉を発しなかった。
それが母への愛だったのか、あるいはショックで声すら出なかったのか、はたまた単なる優柔不断だったのか――私には測りかねた。
「ファイルの作成日時をよく見て。明らかに私が生まれた1ヶ月後だわ。しかもこのCDロムは、今では存在しない旧型。捏造された物でないことは確かよ。私もお父さんもだまされてたのよ。21年間も……」
「……」
父は、それでもなお沈黙を貫いた……。
――やがて、その噂は競馬界中に広まった。
母と長瀬先生は当然のように否定し続けたが、それが自分たちの立場を守ろうとするためのものであることは明確で、ほとんど信じる人はいなかった。あのCDロムは動かし難い物証になったのだ。
もともと現役生活はあと1年と決めていた母にはそれほどの実害はなかったが、人妻に手をつけた長瀬先生へのバッシングはすごかった。彼が自らの手で築き上げた信頼は落城の光景のように崩れ落ち、長瀬厩舎は1年後には廃業に追い込まれた……。
私の思った通り、働いていたスタッフたちに責任はないとされた。
きっかさんは調教師試験の勉強を始め、いつかは長瀬先生の後継として厩舎を開業したいとの夢を持つようになった。
先生が何をしたとしても、自分には先生への恩があるから、それを裏切ることはできない――彼女はそう言った。
私には理解のできない忠誠心だ。
母と先生を追い落としたのが紛れもなくこの自分だと考えても、私には後悔のかけらも浮かばないのに。
……理解できないといえば、父だ。
私は、父は母と離婚するものと思っていた。
しかし、ふたりは別れなかった。
「ぼくは真理子を信じている。ぼくが信じなければどうにもならない」――そんなことを言って、私の気持ちとは逆に無実の証明に走るようになった。
そして、私。
真実を知った直後に長瀬厩舎を離れてフリーの騎手となり、今日までがんばってきた。
だが――それも、もう限界に近い。
フリーになってから、騎乗数は目に見えて減る一方だった。
誰もあからさまには言わないが、やはり馬主さんが「不倫の子」という目で見て敬遠しているらしい。
私が何をしたわけでもないのに。
事件を起こした人の家族も、連帯責任として罰せられなければならない……。
それが、昔から変わっていない日本人的な感覚なのだろう。
CDロムを見つけたときにきっかさんが言った通り、すべて黙っていればよかったのだろうか……。
……そんな気持ちも、最近は消えつつある。
事件発覚後、一番私の力になってくれたのは、僚だった。
「生まれがどうであれ、俺はこの世にたったひとりしかいないお前が好きだ」
そう言ってくれた。
嬉しかった。
「もしジョッキー続けてく自信がなくなっちまったんだったら……俺と一緒に、暮らそうか」
そんなことも、言った。
返事を先延ばしにしていたが、今の私には「冗談じゃないわよ」と一笑に付すだけの余裕も後ろ盾もない――。
……また、夜明けが来る。
今日こそは、うなずいてしまおうかしら……。
連帯責任
(エンディング No.6)
キーワード……じ