データの調査には限界がある。今後は「物的証拠」がどうしても必要だ。そのためにはビデオカメラ作戦で行くしかない。盗撮はいいことではないが、これ以上の犠牲馬を出さないためならばやむを得ないだろう。
調べたところ、今日の午後3時から骨折の手術がある。このチャンスを逃すわけにはいかない。
そして私は、とあるルートから手に入れた盗撮用のカメラを持って、東屋診療所へ向かった。
無人の手術室に忍び込み、手術台をはっきり映せる場所にそのカメラを隠す。
何度ものぞいては角度を確認し、5分ほどかけて設置を終えた。
さて、早いところ退散しよう。
このカメラは、果たして何を映して私に教えてくれるのだろうか……。
――午後5時。
手術が終わって1時間ほどになる頃、私は再び診療所に忍び込んだ。
今なら、東屋先生も香先生も出かけていて、内部は無人のはずだ。
手術室に仕掛けたカメラを、情けなく震える手で外す……。
ところが。
「何をしている」
……!!
一瞬にして、全身が青ざめた。
恐る恐る振り返ると――出かけたはずの東屋先生が、腕組みをして私を冷たい目で見ていた。
「あ……」
「浅はかだったな。あいにくだがそいつにはすぐに気付いた。それで、誰が回収しに来るのか、出かけたふりをして観察させてもらった。君だったとは意外だがね」
「……」
言葉が出ない自分が、悔しくてたまらなかった。
私には、こういうとき強気な態度に出るだけの勇気はないのだ――それを実感し、屈辱的でならなかった。
「取引をしないか」
東屋先生は言った。
「取引……」
「それを私に渡し、さらに君が今まで調べたことを口外しないと誓えば、君が盗撮行為に及んだことは内緒にしておこう」
つまり、誓わなければ私がしたことをすべてばらす、というわけだ……。
高くついたスタンドプレイの代償を私は後悔したが、したってどうしようもない。
「君は剛士くんの娘だからな。私としても助けてあげたい。そのためにはこの取引は不可欠なのだよ。……どうだ? 騎手の仕事は君にとってはすべてだろう。選択の余地はないと思うがね」
「……」
本当に、選択の余地はない。
「そうだ。もうひとつの取引も提案しておこう。君がこれから毎年、年収の10%を私に差し出すと約束すれば、私は馬に細工をするのをやめようじゃないか。どうするかね?」
「……わかりました。両方とも従います」
私は条件をのんだ。そうするしかなかった。自分や、罪のない馬や人たちを守るためには……。
「そうか。君が物わかりのいい子で助かったよ。これが僚くんだったりしたら、自分の正義感だけで物事を見て、融通の利かないことを言っただろうからな」
確かに僚なら、例え自分がどうなろうと、不正を暴く方を選んだだろう。
そして、私にはそれができなかった――。
「……よろしければでいいんですが、教えていただけませんか」
屈辱の中で、私は最初で最後の抵抗のようなものを試みた。
「先生にはお金が必要なんでしょうか」
「ああ。どうしても……将来のために金が必要だ。今まではそのために暴力団に心を売って馬を故障させてきた。私も獣医だからな、そうする日々はつらかったよ。君に同情が通用するとは思ってないが、その金を君が負担してくれるなら、私もありがたいんだ……」
――そう話す東屋先生には、私と同じ「弱さ」が見えた。
自分のために他人を傷つけ、それを悔やみながらも、結局は自分を大事にして流されてしまう……。
これからは、私と彼は「運命共同体」なのだ。
決して逃れることのできない運命をともにする、仲間――。
スタンドプレイ
(エンディング No.22)
キーワード……い