僚の携帯を鳴らして「今どこにいるの?」と聞くと、寺西厩舎にいるから用があるなら来いとのことだった。
私は香先生にもらった箱にケーキを入れ、寺西厩舎をたずねた。
「おう、来た来た。……ん? そいつはケーキか?」
寺西厩舎の大仲部屋に入るやいなや、僚は私の顔より先に持っている物を見て声を上げた。男性は甘い物が苦手な人が多いのに、彼は例外で、子供の頃には私とおやつの取り合いをしたような想い出も。
「ええ、そうよ。あなたにあげようと思って持ってきたの」
「サンキュー!」
私が数歩近づくと、僚は飛んできてケーキの箱を奪った。
「……? ちょっと待て」
が、彼は手にした箱を見て首を傾げる。
「お前、これどこの店のだ? 箱に店の名前も賞味期限も書いてないぜ」
……結構、鋭いかも。
照れくさいから、なるべくなら自作のケーキだということは言いたくなかった。少なくとも私と僚は、誕生日でもないのに手作りケーキをあげるような間柄ではないと思っている。黙っていたかったが――どうやら、そうもいかないらしい。
「ごめんなさい。実はそれ、私が作ったの」
「お前が!?」
……そんなに驚かなくたっていいじゃない。
「食えんのか?」
僚は箱を目の高さまで持ち上げ、その目を細めてつぶやいた。
「うーん、とりあえず、空に雲はなし、と」
僚の後ろに座っていた寺西先生も、窓から空を見上げて突っ込み(というかフォロー)を入れる。
「寺西先生……」
「ああ、悪い悪い」
寺西先生は、かぶっていた帽子を慌てて直しながら笑った。
「いや、俺だってさ、作ってくれたことには感謝するぜ。だけど、理由を教えてくれよ。お前が理由もなくこんなことするとは思えない」
今さらながら僚はそんなことを言ったが、考えてみれば理由が気になるのは彼でなくても同じだろう。
私は、とにかくいきさつを話しておこうと思った。
「さっき病院で、障害レースの落馬が人為的なものなんじゃないかっていう可能性について話をしたでしょ。あれを自分なりに考えて、誰かが馬を使って動物実験をしているんじゃないかしらって結論に達したの。それで……申し訳ないんだけど、そういうことしそうな人物として真っ先に香先生が浮かんで……」
「香先生って、獣医の東屋香先生か?」
「ええ。それで、彼女の家のそばまで行ってみたら、いい匂いがするのよ。彼女、ケーキを焼いてたの。来週のクリスマスに親しい人に配りたくて、その練習をしていたみたい。それで私も成り行きで参加することになって……これができたっていうわけ」
「なるほど。香先生の手ほどきつきなら、まあ大丈夫か」
「……どういう意味よ」
やっぱり、僚にあげたのは間違いだったかしら。
「ああ……だから、ふくれるなよ真奈。お前って、本当に冗談通じねーよな」
「僚、わかってないのはお前の方じゃないのか? 女の子は誰でも自分の手作りにはプライドを持ってるんだ。冗談だって、そんなことを言われればいい気はしないさ」
うやむやのうちに私の味方になっている寺西先生が、そうおっしゃる。
「いいんです、先生。僚の口が悪いのは、今に限ったことじゃありませんから」
「……お前の方が言葉きついじゃねーか」
僚は苦笑いしていた。
いろいろあったが、ついに僚は椅子に座って箱を開けてくれた。
「お、結構まともだ」
中身を見たときの第一声はそれだった。
「いっただっきまーす……っと」
そして、中に一緒に入っていたプラスチック製のフォークを手に取り、ケーキを崩す……。
「……おお、うまい! こいつはうまいぞ! うおおーっ!」
わけのわからない叫びを上げながら、僚はケーキに次々とかぶりついた。
……よかった。
「嬉しそうだねえ」
寺西先生が、私の方を見て冷やかすようにおっしゃった。
「ええ、それは。ほめられれば嬉しいですわ」
「君は知ってるかい? 昔のヨーロッパでは、女の子が男の子に手作りのプレゼントをあげるのは『逆プロポーズ』だったってこと」
――私は凍りついた。
横で、僚も凍りついていた。
「昔はプロポーズってのは男から女へするものと決まってたからね。女の子が自分の気持ちを伝えたいときは、手作りの何かをあげて『家事が上手な私をもらってください』って密かな自己主張をしたって話だよ」
「……でも、ここは現代の日本ですから」
私は目を閉じて言った。
「それを言っちゃ身もふたもないな」
「まったくだ」
……え!?
私は目を開け、ちらりと横を見た。
今……彼、何か言ったわよね。
「なあ、真奈」
「……何」
視線をそらし、口を尖らせる。
「こいつ、最高だな。その来週のケーキ作りっての、俺も仲間に混ぜてくれないか?」
……何よ。
ずいぶんと予想外の言葉じゃないの。
「あなたにできるの?」
「甘く見るなよな。これでも実家にいた頃は、親父と交代でメシ作ってたんだから」
……反論の余地はなかった。あれだけ母に反発しておきながら、家事の一切をやってもらっていた私には。
「じゃあ、後で香先生に言っておくわ。人手不足だって言ってたし」
「よし、決まりだな」
「俺もやろうか?」
と、横から寺西先生。
「うわ、先生はやめてください!」
「僚、ずいぶんな言葉じゃないか」
「しかし……焼肉味とかラーメン味のケーキなんか作られたら、まいりますよ」
僚は笑った。
私は思った。
予想もつかない方向に事態を変えようとするより、今のままが一番平和なのかもしれないと。
プレゼント
(エンディング No.32)
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