「あ……ちょっと、やめてくれよ!」
泰明くんの言葉にも構わず、私は彼をレイラの病室にひっぱり込んだ。
「泰明!」
レイラが、そして稔さんが、私たちの方を見る。
「泰明くん、来てたわ。何か、あなたたちに遠慮して外で待っていたみたい」
「なーんだ。別に入ってきたってどうってことないのに」
レイラは軽く言ったが、泰明くんにはそれが聞こえていないようだった。ただ、居心地の悪そうな顔をして、細く言っただけだった。
「あ、あの……初めまして。城泰明と申します」
「ああ、君が泰明くんか。レイラがよく君の話をするんだよ」
「そうですか。あの、あなたはレイラさんの恋人の方……ですよね」
「耳が早いね。そうだよ」
「稔……」
レイラは「信じられない」というような顔で、稔さんを見た。
さっきの話では、彼女はそういう「はっきりした言葉」を待っていたらしい。それが叶って、嬉しかったのだろうか。
ところが。
「あの……誤解しないでいただきたいんですが、ぼくは彼女とはただの友達で、今だって荷物を持ってきただけですから。それでは」
泰明くんは持ってきた手提げ袋を椅子の上に置くと、それだけ言って病室から走り出ていってしまった。
「ちょっと……泰明ってば!」
レイラが大慌てで呼び止めたが、彼が戻ってくることはなかった――。
「泰明……」
……。
レイラのつぶやきを聞きながら、私も病室を出た。
それしかできなかった。
ようやくわかった。
泰明くんは、レイラのことが本当に好きだったのだ。
でも、彼女の方の気持ちがわからず、自分を押しつけてはいけないとでも考えていたのだろう。
彼女に別の愛する男性がいるならば、それを応援するべきだと。
だから彼は、稔さんが彼女のそばにいる間は、病室に入れなかったのだ。
今も。
そして、おそらくは昨日の夜も。
この廊下に立ったまま、彼は昨日、何時間ほどを過ごしたのだろう――。
……でも、それもこれも、きっともう終わってしまった。
私のせいで。
私が泰明くんを無理に引き込んだせいで。
私が、彼の恋の芽を摘み取ってしまったのだ。
人の心に疎すぎた、私が……。
理屈では、未来がどうなろうと、それは運命が流れた末の結果でしかない。
過去は変えられないとはよく言うが、未来も変えることはできないものなのだ。
だが、不幸な方向に導いてしまった人間の、何と虚しいことだろう――。
……ごめんなさい……。
誰に届くこともない謝罪が、胸の中に響いた。
過去と未来
(エンディング No.34)
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