「そうね。それで行きましょう」
文句のない作戦だった。私は全員の安全と僚の判断の的確さを確信して承諾した。
「実は、花梨ちゃんも人質は全員集めた方がいいって言ってたの。今頃は彼女の部屋に、私とレイラ以外の7人が全員いるはずよ。早速始めていいかしら」
『よし! 俺と泰明は裏口の前で待ってるぜ! 気をつけろよ』
「ええ、ありがとう。必ず無事で脱出するわ……」
いつまでも僚と話していたい気持ちだったが、そういうわけにもいかない。私は名残惜しさを押し込めて、電話を切った。

 

 

2階の花梨ちゃんの部屋へ行くと、そこにはすでに私とレイラ以外の人質が全員集まっていた。
「あ、真奈さん。僚さん、なんて言ってました?」
「彼がいい作戦を提供してくれたわ」
私は答え、室内の全員に聞かせるように、そのすべてを説明した。
「わかりました。じゃ、私がリーゼントの見張りをやりますね」
花梨ちゃんが役のひとつを買って出てくれた。
「ええ。よろしく頼むわね。私はこれから、裏口にいるレイラのところへ行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
花梨ちゃんや他の女性たちに見送られ、私はまた部屋を出て階段を下りた。

 

 

――何度通っても落ち着かないリーゼントの横を通り過ぎ、私は裏口の前まで来た。
「あれ? どうしたの、真奈」
マシンガンを持った軍服姿のレイラが、私を見つけて小声でささやく。
「実は、僚と話をしたところ、ひとつ作戦を立てることになったの。詳しく説明するから、こっちへ来て」
彼女を促し、末妹の女を縛って閉じ込めてある倉庫に一緒に入る。

ふたりがかりで女のロープを解いてから、私はレイラに作戦を話した。彼女がそれを英語で女に説明する。
「……というわけなの。いいかしら?」
「うん、いいと思うよ。こいつもがんばって兄貴を説得してみるって言ってる」
暗がりの中で、末妹の女は静かに微笑んだ。平和的解決のために自分が役立てるなら……という感じの輝きが、その表情にはある。
犯人の一味とはいえ、話のわかる人でよかった。私はそう思った。

レイラと女は服を元通りに交換し、私たちは倉庫を出た。
そしてレイラがセンサーのスイッチを切り、裏口のドアを開ける――。

「泰明!」
レイラが真っ先に叫んだ。
そこには計画通りに、僚と泰明くんが待っていてくれた。
「レイラ、真奈ちゃんも……」
「おいおい、再会を懐かしむのは後にしろよ。……じゃあ真奈、俺はこの女を玄関まで連れていく。泰明はこのままここにいて、いずれ出てくるだろう女たちを待って先導することになった。いいな?」
「ええ。よろしく」
懐かしみたい気持ちを抑え、私は女を僚に引き渡した。
「じゃあ、また後で……」

「……ちょっと、君たちは逃げないのか? 今ここから出ちゃえばいいじゃないか。チャンスなのに」
私がドアを閉めようとすると、泰明くんがぽつりと言った。
「あんたね、そんなわけにいかないよ。花梨や他の女たちだって残ってんのに、あたしたちだけ勝手に逃げるなんてさ」
レイラが反対した。
私も同じ考えだった。確かに逃げ出したい気持ちはあるが、同じ苦しみを味わっている人たちを置き去りにして自分たちだけ助かろうとするなど、許されるわけはない。
「そうだね……ごめん。勝手すぎた」
「いいんだよ。あんたがあたしたちを心配してくれたのはよくわかってるから。大丈夫、絶対元気に脱出するって!」
「ありがとう。信じて待ってるよ……どうか気をつけて」
レイラと泰明くんの会話は、この場をなごやかにした。
ふたりはそう誓い合い、私も視線だけで同じ誓いを僚と交わして、ドアを閉めた。

そして私はレイラと一緒に、またしても抜き足でリーゼントの横をすり抜けると、やつを見張っている花梨ちゃんに無言で合図だけを送って、彼女の部屋へと向かったのだった。

 

 

花梨ちゃんの部屋では、人質の女性6人が、窓に貼りついて外の様子をうかがっていた。
私とレイラも、同じように外を見た。

――玄関の前では、すでに末妹の女が警官隊に加わり、中に向かって何かを言っているようだった。
彼女のすぐ横には、僚の姿も見える。彼も玄関の中のサングラスに何か抗議していたりするのだろうか……。

と考えていたとき、花梨ちゃんが部屋に走り込んできた。
「みなさん! リーゼントが玄関の方へ行きました! 今がチャンスです!」
「よし! みんな、逃げるよ!」
レイラが全員に気合いをつけた。やはり一刻も早く逃げたいと思っていたのだろう、ためらうこともなく全員が即刻立ち上がった。

 

 

花梨ちゃんの先導で、私たち総勢9人は一列に2階廊下を駆け抜け、無人となった階段を下りた。
私は、安全を確認する意味で列の最後尾についていた。周囲に怪しい人影はないか、あのリーゼントが戻ってきたりはしないか……。

1階についた。誰もいない。ここから裏口前の曲がり角まで数十メートル――その距離さえ無事に走り抜けてしまえば、もう大丈夫だ。
「みんな、早く走って!」
私は走りながら前の8人に叫んだ。前のスピードが上がる。

あと5メートル。
あと1メートル……。

――というところで、それは起こった。

 

 

……!!

 

 

耳が壊れるような銃声とともに、私は訳もわからず廊下にくず折れた。
同時に、左の背中から胸にかけて、焼けるような激痛が……。

何……!?

どんどん光を奪われていく視界の中で、懸命に顔を上げて振り返る。
そこには――煙の立ち上る銃口を私に向けている、リーゼントの姿があった……。

なぜ……。
なぜ、こんなに早く戻ってきたの……?
私の、作戦ミスだったとでもいうの……?

「真奈!」
誰かが私を呼んだ。
レイラかしら……。
だめ、こっちへ来ちゃ……。

……僚の顔が浮かぶ。
元気で脱出する、と視線で誓ったあの瞬間が、ずいぶん昔のことのように……。

ごめんなさい。
私、あなたとの誓いを果たせなかったわ……。

 

 

――最後に感じたのは、その後悔だった。

 

 

銃声

(エンディング No.44)

キーワード……ま


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