「だめよ。それには賛成できないわ」
私ははっきりと反対した。
『なんでだよ。俺だって懸命に考えたんだぜ』
不満そうな僚に、私はその理由を語った。
「もうちょっとよく考えてちょうだい。女が玄関へまわって説得するっていうことは、裏口の見張りがいなくなるっていうことでもあるのよ。犯人たちが外に女の姿を見たら、私たちが裏口から脱走する可能性をすぐに考えるんじゃないかしら。それで誰かが裏口の様子を見に行く……。そのとき脱出している最中だったりしたら、無事じゃすまないわ」
『あ、そうか……。悪い。やっぱり俺は作戦立てるのには向いちゃいないんだ。お前が理性的な女で助かった』
助かったのは私たちの方なのに、僚はそんなことを言ってため息をついた。私たちが捕まっているのを、彼は自分のことと同じに考えてくれているんだわ――それがわかって、一瞬だけ心が疼く。
……だけど、疼いている暇なんかない。私は首を大きく横に振ると、自分の考えの続きを言った。
「でも、あなたの作戦の全部に反対じゃないわ。女に説得させるのはいい考えよ。ただ、スキを突いて逃げるのが危ないって言ってるだけで」
『そうか。じゃあ、お前たちはどうするんだ?』
「こういうのはどうかしら。女を外に出したら、私やレイラも含めて9人全員がひとつの部屋に閉じこもるの。そこから一歩も動かなければ、もし警官隊が突入っていうことになっても、連中が捕まる前に私たちのいる部屋を探し当てられない限り被害はないわ。これだけたくさんの部屋があるんだから、その可能性はまずないでしょ」
『そうだな。じゃ、早い方がいいから、早速女たちを集めて、見張りの女を裏口から出してくれ』
「ああ、言い忘れてたけど、実は花梨ちゃんも人質は全員集めた方がいいって言ってね、彼女が今そうしてるの。今頃は彼女の部屋に、私とレイラ以外の7人が全員いるはずよ」
『よし! じゃあ、俺と泰明は裏口の前で待ってるぜ! 気をつけろよ』
「ええ、ありがとう。またあなたと笑い合えるのを楽しみにしているわ……」
いつまでも僚と話していたい気持ちだったが、そういうわけにもいかない。私は名残惜しさを押し込めて、電話を切った。

 

 

2階の花梨ちゃんの部屋へ行くと、そこにはすでに私とレイラ以外の人質が全員集まっていた。
「あ、真奈さん。僚さん、なんて言ってました?」
「彼が作戦を提供してくれたんだけど、それには問題があったから、ちょっとアレンジしたわ」
私は答え、室内の全員に聞かせるように、そのすべてを説明した。
「わかりました。じゃ、誰が裏口のレイラさんのところへ行きましょう……」
「私が行くわ」
これは作戦上、私たちの側ではほとんど唯一の行動だ。作戦を出した私が責任を持って務めるべきだろう。
「はい。では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
花梨ちゃんや他の女性たちに見送られ、私はまた部屋を出て階段を下りた。

 

 

――何度通っても落ち着かないリーゼントの横を通り過ぎ、私は裏口の前まで来た。
「あれ? どうしたの、真奈」
マシンガンを持った軍服姿のレイラが、私を見つけて小声でささやく。
「実は、僚と話をしたところ、ひとつ作戦を立てることになったの。詳しく説明するから、こっちへ来て」
彼女を促し、末妹の女を縛って閉じ込めてある倉庫に一緒に入る。

ふたりがかりで女のロープを解いてから、私はレイラに作戦を話した。彼女がそれを英語で女に説明する。
「……というわけなの。いいかしら?」
「うん、いいと思うよ。こいつもがんばって兄貴を説得してみるって言ってる」
暗がりの中で、末妹の女は静かに微笑んだ。平和的解決のために自分が役立てるなら……という感じの輝きが、その表情にはある。
犯人の一味とはいえ、話のわかる人でよかった。私はそう思った。

レイラと女は服を元通りに交換し、私たちは倉庫を出た。
そしてレイラがセンサーのスイッチを切り、裏口のドアを開ける――。

「泰明!」
レイラが真っ先に叫んだ。
そこには計画通りに、僚と泰明くんが待っていてくれた。
「レイラ、真奈ちゃんも……」
「おいおい、再会を懐かしむのは後にしろよ。……じゃあ真奈、俺たちはこの女を玄関まで連れていく。いいな?」
「ええ。よろしく」
懐かしみたい気持ちを抑え、私は女を僚に引き渡した。
「じゃあ、また後で……」

「……ちょっと、君たちは逃げないのか? 今ここから出ちゃえばいいじゃないか。チャンスなのに」
私がドアを閉めようとすると、泰明くんがぽつりと言った。
「あんたね、そんなわけにいかないよ。花梨や他の女たちだって残ってんのに、あたしたちだけ勝手に逃げるなんてさ」
レイラが反対した。
私も同じ考えだった。確かに逃げ出したい気持ちはあるが、同じ苦しみを味わっている人たちを置き去りにして自分たちだけ助かろうとするなど、許されるわけはない。
「そうだね……ごめん。勝手すぎた」
「いいんだよ。あんたがあたしたちを心配してくれたのはよくわかってるから。大丈夫、絶対大丈夫だって!」
「ありがとう。信じて待ってるよ……どうか気をつけて」
レイラと泰明くんの会話は、この場をなごやかにした。
ふたりはそう誓い合い、私も視線だけで同じ誓いを僚と交わして、ドアを閉めた。

そして私はレイラと一緒に、またしても抜き足でリーゼントの横をすり抜けると、やつを見張っている花梨ちゃんに無言で合図だけを送って、彼女の部屋へと向かったのだった。

 

 

花梨ちゃんの部屋へ戻り、入口のドアにしっかり鍵をかける。
部屋では、人質7人が、窓に貼りついて外の様子をうかがっていた。
私とレイラも、同じように外を見た。

――玄関の前では、すでに末妹の女が警官隊に加わり、中に向かって何かを言っているようだった。
彼女のすぐ横には、僚と泰明くんの姿も見える。彼らも玄関の中のサングラスに何か抗議していたりするのだろうか……。

 

 

――しばらくした頃、私たちのいる部屋のドアが激しくノックされた。
「誰……!?」
花梨ちゃんが声を潜めて私を振り返る。全員が固唾を飲む。
「わからないわ……どっちにしても、静かにしていた方がよさそうよ」
その意見には全員が賛成だったようだ。
ところが。
「誰かいるんだろう? 警察だ! 犯人連中はもう逮捕した!」
「え……!?」
ほぼ全員が同時に窓に飛びつき、玄関の前を見た。
……あのサングラスがいつのまにか外に出ていて、説得していた妹と一緒に、警官に手錠をかけられていた。
「本当だよ! あのサングラス、捕まってる! 女の説得が効いたんだよ!」
レイラが叫ぶと、唯一窓に飛びつかなかった花梨ちゃんが、すぐにドアの鍵を開けた。

――しかし。

「……!!」
そこにいたのは、私たちに向けて銃を突きつけている、リーゼントの姿だった――。

「甘いな。こんな初歩的なワナに引っかかるなんて」
リーゼントは不敵に笑った。私たちは9人とも、凍りついたように固まってしまった。
「な、なんで……!?」
レイラが顔色を変える。私もまったく同じ気持ちだった。窓の外では確かにサングラスと女が捕まっているのに……。

誰ひとり動けず、声も出せなくなった中、リーゼントは銃を構えたまま、ゆっくりと室内に侵入してきた。
一歩、また一歩と――私の方へまっすぐ近づいてくる……。

「俺がただぼんやりあの階段に座ってただけだと思うか? おめでたい女どもだな。通る人間は全員チェックしていたさ。……お前だよ、お前。お前が一番頻繁に俺の横を通過したな。外に出て説得するように妹をそそのかした首謀者はお前だろう」
「……」
その通りよ、と言い切るべきか、それとも違うとごまかすべきか。
私にはどちらもできなかった。口も、足も、体のどの部分も動かなかった――。
「あれだけ、下手な真似をするなと言っておいたのに……仕方のない女だな。天国で後悔しな」
リーゼントが手を持ち上げ、銃口が私に食らいつこうと忍び寄ってくる……。

――死は、私のすぐそばまで迫っていた。

もっと長生きしたかった……。
こんなときになってそんなことを考えるなんて情けない。それでも私は、とっさにそう思った。
つまらない人生だと感じていたけど、今になってわかる。
お父さん、お母さん、長瀬先生……。
反発ばかりしていたけど、本当はみんな大好きだった。
私は幸せだった。
気付かなかっただけだ。
そして……。

……思わず閉じたまぶたのすきまから、涙があふれ出した。

僚。
ずっと、あなたと一緒にいたかったわ……。

 

 

――が、事態は私を天国に召す前に急展開した。

「やめろ!」

突然、聞いたことがあるようなないような男の声が周囲に響いた。
それに敏感に反応したのはリーゼントだ。途端に銃を下ろし、部屋の入口の方を振り返る。
少しすると――そこからは、スキンヘッドが現れた。

「もうやめるんだ。兄貴が投降した。俺たちも行くしかない……」
「……そうか……」
リーゼントはがっくりすると、スキンヘッドに腕をつかまれて、ゆっくりと部屋を出ていった。
本当に、出ていったのだ――。

「助かった……」
花梨ちゃんが声をもらし、それでようやく頭がまわり始める。
リーゼントは、サングラスと女が投降したことを知らなかったのだ。それをスキンヘッドが知らせに来たというわけだ――。

……私は足が震え、その場に座り込んでしまった。
やがて本物の警官隊が助けに来ても自力では立てず、私はふたりの警官に両側を支えられて、ようやく立って歩き出した。

 

 

「レイラ!」
私たちが1階まで下りてくると、破壊された玄関ドアの破片も気にせずに、泰明くんが飛び込んできた。
そして――恥ずかしげもなくレイラを抱きしめ、大声で泣き始める……。

……僚も、ガラスの破片を踏みながら入ってきてくれた。
「真奈……大丈夫……じゃないよな、やっぱり」
私の顔を見て、どこか頼りない、悲しそうな笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。……もういいです。ひとりで立てます。ありがとうございます」
弱いところは見せたくなかった。私は両脇の警官に言った。
警官が離れる。私はしっかり自分の足で立った。
「おお、元気だな。俺も安心だ……おっと!」

――胸の高鳴りを受け止めたかのようにまたしても足が震え、私は僚に向かって倒れ込む形になった。
彼は私の両肩を両手でつかみ、支えてくれた。
彼のぬくもりが、鼓動が、手に取るように感じられる……。

またこうして彼のそばに立てるなんて、思ってもみなかった。
あのときは本当に、死を覚悟したのだから――。

揺らぐことのない安堵感の中で、私はすべてを彼に預けた。

 

 

危機一髪

(エンディング No.46)

キーワード……の


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