――拉致されてしまったパターンだ。
どんなに信じたくなくても、そう思うしかなかった……。

そう判断した今、私がすがりつけるパターンはひとつだけだった。
密かに怪しいと思っているレイラを尾行するのだ。
もし彼女が犯人あるいはその一味なら僚のところへ行くはずだし、そうでなかったら、彼女なら泰明くんの行方を必死に探すはずだ。

 

 

私は泰明くんの部屋を出ると、玄関ホールまでやってきた。
そこにはちょうどレイラがいて、何やらホールにいる人に声をかけまくっている。

……私は階段のそばから彼女の様子を観察した。
彼女はホールの何人かに声をかけ、そして慌てたように外へ飛び出していった。
どうしたのかしら?
とにかく、私も彼女の後を追おう。

 

 

――レイラは、トレセン中心部の私道を、ものすごいスピードで西の方へ走っていく。
私も、彼女に見つからないように必死で走って追いかけた。

 

 

レイラが行き着いた先は、東屋診療所だった。東屋先生が――今は香先生が切り盛りしている、あの診療所だ。
彼女は大慌てで中に飛び込んでいく。
どこか、中をのぞけるところは!?
私は裏手へまわり、馬用ではなく人間用の診療室の窓から中をのぞき込んだ。

レイラは入口付近に立ち、何か必死に口を動かしているが、声までは聞こえてこない。
声を出しているということは、室内には彼女の他にも誰かがいるはずだが、角度が悪いのかここからは見えない。
香先生……?

――と思ったときだった。
なんと――レイラは突然その場にうずくまり、動かなくなってしまったのだ!

「レイラ!」
私は大急ぎで再び表にまわり、診療所の入口を破るような勢いで中に飛び込んだ。
そして、さっきレイラがいた診療室のドアを、ためらいも恐怖もなく引き開ける……。

誰もいない……!?

そんなはずは……。
そんな……はず……。

――頭が上手くまわらない。
そこでようやく私は、自分も体の自由が利かなくなっていることに気付いた。
気付いても、もう遅かったが――。

……私は、その場に情けなく倒れた。

 

 

……。

気がつくと、なぜか私は厩舎の前に立っていた。
ここは……父の篠崎厩舎だ。

夢を見ているのだろうか。
それとも、あの診療所から無意識のうちに逃げ出してきたとでもいうのだろうか。
少なくとも、私の心には何の問題もない。
こうして冷静に物事を考えられるのだから。

――診療所!
そういえば、レイラはどうしたのかしら!
それに、あそこで彼女と私が意識を失ったということは……。
まさか、香先生が今回の一件に一枚かんでいるとでもいうの!?

すぐ診療所に戻ってみよう!
私はそう判断し、その場から駆け出そうとした。

……が、そこで異変に気付いた。
体が動かない!
足が動かない。手が動かない。顔を動かして周囲の様子をくまなく見ることもできない――。
どういうこと!?
まるで壁の中に閉じ込められてしまったかのように、私は自分の体のどこも自由に動かすことができなかったのだ。

――そのとき、私の足がゆっくりと動き、前に進んだ。そして大仲部屋の引き戸に手をかけ、引き開ける。
しかし、それは私の意思ではなかった。手足に紐でもつけて動かされているかのように、勝手に歩き、開けたのだ。

操られている――。
私はようやくそれを理解した。

「ま……真奈!? あ、あなた、その頭……!」
大仲にいた父と母が私を見て目を見開き、母は失礼にも私を指差して叫んだ。
頭……?
――まさか!
私もあの病気に感染したとでもいうの?
あの病気は、感染すると誰かに操られるの?
じゃあ、僚も……!

――最後まで考えてはいられなかった。
私を操る何者かが、私の両腕を持ち上げさせた。
そして――。

「……きゃあああああああ!!」

なんと、突然私の指先から灼熱の炎が放射され、父を襲ったのだ!
父はそれをまともに受けてしまい、声を発することもできずに炎に包まれた。
母の金切り声が、その事態の異常さを否応にも物語る。

……私がやったのだ。
私の指先から炎が吹き出し、父を……。

お父さん……!

た、助けて!
誰か、私を助けて……!

「ま、真奈……ど、どうして……」
母は父をどうすることもできずに、私を見て脅える。
そんな中、また私の両腕は何者かによって持ち上げられる――。

……お母さん、逃げて!
母なんかいなければいいと思ったことも一度や二度ではない私が、心からそう願った。
しかし――普段の親不孝がたたったのか、それともそれは無関係なのか、思いが届くことはなかった。
私は再び炎を放射し、母は炎の中の人となった。
同時に、炎が厩舎内の木造の部分に引火し、燃え上がり始める……。

いや……こんなのいやよ!
どうして……どうして、どうしてなの!?

考えるのも許さないとばかりに、私はまた操られ、静かにその炎の海に背を向けた。
そのとき、一瞬だけ大仲の大きな鏡に映ったものは――。

――色が抜けきった髪の上にヘッドギアのような装置をつけられた、私だった。

 

 

破壊の炎

(エンディング No.66)

キーワード……シ


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