「僚、双子座の伝説って知らない?」
私は寮に戻ると、自分の部屋でぼんやりしていた僚にそう聞いた。
「双子座?」
僚は、唐突に何を聞くんだといった感じに目を白黒させた。
「ええ。星占いの双子座にまつわる神話よ。知っていたら聞かせてほしいの」
「うーん……」
考え込んでしまった。
わからなければいいのよ、と言おうと思ったところで、彼は口を開いた。
「……お前の探してる話かどうかはわからないし、かなりうろ覚えなんだが、確か星座の伝説の中に兄弟のネタがあったぜ」
「それよ! きっとそれだわ! 星座で兄弟といえば双子座しかないもの!」
ようやく糸口がつかめた!
「じゃあ、その話をすればいいんだな?」
「ええ、お願いするわ!」
「まったく、妙なこと聞きやがって……変なやつだな。まあいいか」
文句のようなことを言いながらも僚は笑い、そして話を始めてくれた。

「昔、兄弟がいた。それで、兄貴だか弟だか忘れたが、どっちかが不死身だったんだ。でもな……その不死身だった方が、戦場で矢を受けて深い傷を負っちまった。そいつは死ぬこともできずに、ただひたすらに苦しみ続けるしかなかった。それでそいつはついに耐えかねて、その永遠の命を兄弟の片割れに託して、自分は死を選んだ……。そういう話さ」

「それだわ! 思い出した!」
私の記憶が、ほぼ完全になった。
私が誰かから聞いて覚えていたのは、確かにその話だった。

そうすると――。
あの新谷ツインズに例えるとしたら、矢を受けた方が稔さんで、不死身の命を授けられた方が豊さんだろうか。
でも、稔さんは大事故には遭ったものの、しっかり生きている。それに、豊さんだっていくら何でも不死身ではないはずだ。
……わからない。
豊さんは、いったい何をこの伝説に託して私に伝えたかったのかしら……。
ただ、きっと何か、この伝説に近いことがあったのだ、
結果的に豊さんだけが悲しむような何かが。

「……なあ、真奈」
考えていると、僚が不意に呼んだ。
「あ……何かしら?」
「お前、何か様子が変だぜ。突然そんなこと聞いたり、考え込んじまったりさ。いったい何があったんだ?」
心配そうな口調だ。
……気になるのも無理はない。神話なんて、現代の日本人には非日常的なものでしかないのだから。

だから私は、レイラとゲーセンに行って新谷ツインズに会ったことを話した。
そこで双子の弟の豊さんに伝説についての例え話をされ、その意味がわからなくて気になっていると……。

「お前、その男のこと好きなのか?」
いきなり、僚は聞いた。
「ちょっと……今日会ったばかりの人にそれはないでしょ!」
私は必死に否定したが、僚は冷やかすような笑いを浮かべるばかりだ。
「お前にいいことを教えてやるよ。時間が関係ない愛もあるんだぜ」
「だから、そういうんじゃないの!」
「おっと、焦ってる焦ってる。素直になれよ。そんなに気になるんなら、少なくとも嫌いじゃないんだろ」
「……まあ、いい人だとは思うわ。レイラはお兄さんの方を気に入っているみたいだけど、私は彼よりも弟さんの方がいいわね」
こういうときは適当に認めないと、僚はいつまでも私をからかい続ける。長いつきあいだと、そんなことも当然わかっている。

「あ、そうそう、レイラっていえば……」
すると僚は、私のセリフをきっかけに話を変えた。
「レイラ? レイラがどうかしたの?」
「俺、さっきまで1階のホールで雑誌読んでたんだけど、そのときレイラが大慌てで寮を出てったぜ」
「……慌てて出てった?」
「ああ。ものすごい焦りようだった。だから、その兄貴関係だったりするんじゃないかな、って俺は今思ったんだが、一瞬」
稔さん関係で、何か大変なことが……?
「でも……それだったら、一緒にいた私にも何か連絡があったってよさそうなものなのに」
つぶやきながら、私はポケットに手を突っ込んだ。

――そこに、携帯はなかった。
「あ! どうしよう……携帯、ゲーセンに忘れてきちゃったみたい!」
豊さんの番号を登録したとき、ポケットに戻すのを忘れて、そのまま帰ってきちゃったんだわ!
「おいおい、何やってんだ?」
「取りに行ってくるわ」
「あ、俺も行ってもいいか? 今日は暇でしょうがないんだ」
「……遊びに行くんじゃないのよ。でもいいわ」
私は僚と一緒に、再びゲーセンに向かうことにした。

 

 

「あ、君!」
ゲーセンのスタッフルームに近づいていくと、稔さんでも豊さんでもない男性店員が、私を見てすぐに呼び止めてきた。
……顔色がよくないようだ。何かあったのだろうか。
「はい……?」
「君、ここに携帯忘れてった子じゃないか?」
「え、ええ。だから今、取りに来たんですが……」
「豊がバイクで事故ったんだよ!」

「豊さんが……!」
一瞬、足元がふらついた。横の僚が支えてくれなかったら、倒れていたかもしれない。
バイク事故――そういえば、今ここへ来る途中、事故の後片付けをしているような場所があった。
きっと、あれだわ――。
「い……いつですか!? なぜ……?」
「たったさっきだ。……こんなこと言って君を責めるわけじゃないけど、あいつ、君が携帯を忘れてったのに気付いて、君に届けるってバイクに乗って飛び出してったんだよ」

――私のせいだ。
私の――。

「……真奈!」
すぐ耳元で叫ぶ僚の声が、遥か遠くに――。
「その人は、どうなったんですか!」
そして彼は、店員に聞く。
「病院に運ばれたってことまでしか……」
「その病院はどこですか?」
店員はその場所を教えてくれた。

「真奈、行くぜ!」
「う、うん……」

私は、僚に引きずられるようにしてゲーセンを出た。
豊さん……。
どうか、無事でいて……。

 

 

――病院に入るやいなや、私はその異常事態に気付いた。

「あんたみたいな鬼、見たことないよ! 最低!」
レイラがいた。
彼女が罵倒している相手は――稔さんだった。
その稔さんは、顔のほとんどを両手で覆って震えるばかりで、何も言葉を発しない――。

「レイラ!」
僚が私をふたりのところにひっぱっていく。
「あ、あんたたち……!」
「レイラ、豊さんは!?」
「聞いてよ! こいつったらひどいんだよ!」
レイラは泣きそうな顔で私たちの方を振り返り、叫んだ。
「豊、輸血が必要だって言われてんだよ! なのにこいつ、自分の血は分けられないって言うの!」

「何ですって……?」
私は、信じられない思いで稔さんを見た。

「他のやつの血でも輸血はできるだろ? 血液型は?」
何も知らない僚がそんなことを言う。
「B型のRhマイナスよ。そうそうあるものじゃないわ……」
「じゃあ、助けてやれるのはこいつしかいないじゃないか! ……おいお前、なんで力になってやらないんだ! 双子の兄弟なんだろ……!」
人一倍「家族」の問題に敏感な僚が、いきなり稔さんに突っかかる。
……私はそれを止めなかった。代わりに、後悔させるような冷ややかな口調で稔さんに言った。
「稔さん。あなたは昔ご自分が同じような事故に遭ったとき、豊さんに助けてもらったんでしょう。それなのに、逆はいやだとおっしゃるのですか」
「……」
稔さんは沈黙を守り続けた。
その沈黙が不本意なものであることだけは伝わってきたが……それでも、許せなかった。
「豊さんの夢を叶えたいとおっしゃった気持ちは、その程度のものなのですか」
私はさらに攻撃した。

「……」
稔さんの瞳から、涙が一筋――。

 

 

――そのときだった。

 

 

近くのドアが開き、医師がひとり出てきた。
その暗い表情を見れば、言葉を聞く前に事態はわかってしまう――。

「……新谷豊さんが、お亡くなりになりました」

――私は、その場に卒倒した。
僚の支えも間に合わず、体と心の両方の衝撃で、意識を失っていった――。

 

 

なぜ……?

 

 

なぜ……?

(エンディング No.76)

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