「正直、悔しい」
その気持ちを偽ることはできなかった。
大好きな親父のために、絶対に勝ちたかった有馬。
もちろん、「彩夏」が「ブランチ」に戻ったからって勝ち目が皆無になるわけじゃない。ただ、その確率がぐっと低くなっただけのことだ。
でも――やっぱり、悔しかった。
「そうよね。それが当たり前の気持ち。あなたも、私も」
「私も……?」
「私、有馬に乗れなくなったのよ」
それは初耳だった。乗り替わりになったのか、それともゴールドロマネスクに何か?
「……何かあったのか?」
俺は、真奈を傷つけないように慎重にたずねた。真奈は何気なく答えた。
「くだらない話よ。お母さんにはもう先がないから、何とかG1を獲らせてあげたいんですって。五十嵐先生がそうおっしゃったの」

「……」
黙るしかなかった。
真奈はゴールドロマネスクと一緒にジョッキーとして成長してきた。いくつもの重賞を勝ち、いくつもの経験をしてきたのだ。訳ありで騎乗が急遽決まった俺とは違う。
50歳近くになった今でもG1を勝てない真理子おばさんのために、という五十嵐先生の気持ちもわからないわけじゃないが、自分に近い分かそれとも思い入れか、真奈の痛みの方が何倍も鋭く感じられる。
言い方は悪いが、「おいしいところだけ持っていかれた」形の真奈。昔からおばさんと対立ばかりしていた真奈。
どれだけ悔しいことだろう……。

ところが。
そんな真奈は、意外すぎる一言で俺の思いを散らした。

「……でも、今回は譲ってあげようかなって思う」
「え……?」
こいつは本当に真奈なのか?
馬が実は人間だった、なんて事件を経験した後だけに、ついそんなことを考えちまう。
「だって、お母さんに先がないのは事実だもの」
「お前……いいのか?」
思いがけなく、マヌケな声が出る。
「いいの。私には来年も再来年もあるから、あんな『年くっただけのベテラン』にならないようにがんばればいいだけよ」
「真奈……」
俺は苦笑いした。この口の悪さが、何とも言えず愛おしい。

……そんなことを思っていると、真奈は俺から顔を背けて大きく伸びをし、言った。
「それに、何だかほっとしたのよね、僚も悔しがるって知ったら」
「ほっとした?」
「ええ。僚なら、悔しくないって答えるかと思ってたの。でも、あなたでも私と同じことを考える可能性があるってわかって、何となく安心した感じ」
俺はこのとき、真奈が俺を見ないようにした理由がわかったような気がした。こいつのことだ、笑顔なんか誰にも見せたくないんだろう。

「そうか。じゃ、俺も未来を見ることにするかな」
俺は言った。
「ブランチが彩夏だったことは、もう過去の物語だ。俺は有馬で、他ならないブランチを操って、本気で能力の限界に挑戦する」
「がんばってね」
相変わらず顔は無関係な方を向けたまま、真奈はそう言った。

見るべきものは過去じゃなくて、現在と未来。
俺は今、未来へと歩き出す。

 

 

未来へ

(エンディング No.11)

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