「競走馬・ウィローズブランチ」が強かったのは、頭脳が「彩夏」という人間だったからだ。
こいつが彩夏でなくなったら、今までのような活躍は望めなくなるわけだ。
それは、俺が有馬で勝てる可能性がぐっと下がることを意味する……。
自分でもいやになるくらい、勝手な不安だった。
だが……それでも、がっかりだ。
親父……。
あの、苦労に満ちた顔が浮かぶ。
俺は、親父にG1勝利を捧げられない運命だとでもいうんだろうか……。
『ありまきねん、かてなくなっちゃうかもっておもってるのね』
そのとき、彩夏は俺の心を的確に読んでそう伝えてきた。
「ああ」
『おとうさんのために、どうしてもかちたいんだったよね』
「ああ……」
それしか言えない俺に、彩夏は続けた。
『しんぱいしないで。あたしがいなくなっても、いいせんいくとおもうよ。ちょっとでもうまそのものをつよくしようって、ちょうきょう、いつもいっしょうけんめいはしったから』
「彩夏、お前……」
『……あなた、やさしいもん。あなたと、あなたのおとうさんのやくにたてるならって、あたし、がんばっちゃった。だから、あなたもがんばってよ』
「ありがとう。期待させてもらうぜ」
俺は彩夏の頭を軽くたたいて、感謝の意を表した。
そんな言葉や行為じゃ足りなかったかもしれない。
いつしか、本来の目的だった田倉さんより、俺と親父のためにその「馬としての人生」を使ってくれていたのだから――。
……1週間後。
俺は「ウィローズブランチ」に跨り、有馬のスタート地点にいた。
さすが、G1は雰囲気が違う。
ゴールドロマネスクの鞍上が訳あって真理子おばさんになるという予想外のこともあったが、それも、真奈よりは心を動かされないですむプラス要素なんだと思い込もう。今はそれが必要だ。
俺は気持ちを引き締めた。
今こそ、彩夏の努力に応えるときだ――。
ファンファーレが鳴る。
馬たちがゲートに入っていく。
そして、俺たちもまたゲートに入る。
「さあ、体勢整って……スタートしました!」
俺たちは、栄光を目指して飛び出した。
俺たちの有馬記念
(エンディング No.15)
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