要は、純也がこの資料室に来なければいいわけだ。
そう考えた俺は、まずやつの帽子を探し始めた。
……探すまでもなく、帽子は入口付近に落ちていた。俺はそれを拾い、資料室を飛び出した。

置く場所は、資料室がある校舎の外側でいいだろう。あまり無関係なところやわかりにくいところに置くと、見つけられない純也が自分の行った場所をたどって資料室に行き着いちまう可能性があるからな。
地面に帽子を落とすと、俺は近くの木の影に隠れた。乗馬服でもジャージでもない今の俺が誰かに見つかると、少々やっかいなことになる。

 

 

待つこと5分弱。向こうから歩いてくる人影が見えた。あれは……間違いなく純也だ。
純也は俺のいる方を見て、そして走ってきた。ジョッキーになるには視力もよくなきゃいけない。あの距離でも、落ちてるものが自分の帽子だとわかったんだろう。
その想像に違わず、やつはまっすぐに帽子のもとへ来てそれを拾った。
そして、何回か汚れをはらってから自分の頭にかぶせ、また元来た方へと駆けていった。資料室に入ろうという気は起こさずに。

よかった……。
これで、純也が濡れ衣を着せられて退学処分になることはなくなったはずだ。

 

 

ほっとすると、このまま元の時代に戻るのが惜しい気もしてきた。
せっかく来たんだから、もう少しこの時代を懐かしんでいくか。
仮に誰かに見つかったとしても、顔を見られない限りそれほどの騒ぎにはならないだろう。
そう思って、俺は木の影から出た。
そして、メインの校舎の方へと歩いていく……。

……あれ?

おかしいな……。
何か、頭がボーッとする。まるで、真夏の炎天下に長時間いたときみたいだ。
俺はその場に立ち止まり、額を押さえた。
元の時代は真冬だし、ここは春先なのに……。
乗り物酔いや宇宙酔いがあるように「タイムスリップ酔い」もあるんだろうか。

……だめだ、立ってられない。
俺は校舎の壁にもたれて座り込んだ……というより、崩れ落ちた。
少し休めば治るだろうか……。

しかし、全身の力はどんどん抜けていく。ついには視界も霞み始めた。
まるで、自分の魂が次第に薄くなっていくみたいだ……。

魂が、薄く……?

しまった!!

俺はようやく事情を理解した。
純也が資料室に入らないってことは、あそこで重傷を負って気絶している過去の俺を見つけるやつがいないってことだ!
俺はあのとき、発見が早かったから助かったと言われた。
もし、ここで過去の俺が助からなかったら、当然今の俺も……!

このままじゃ、俺は消えちまう!

俺は気力を振り絞って立ち上がった……つもりだった。
だが、俺の体は校舎の壁や地面と一体化したかのように、微動だにしなかった――。

「……レイラ、僚を知らない?」
そのとき、背にした校舎から声が響いてきた。あれは、真奈か……。
「僚? さっきあたしたちと一緒にいたずらして教官に怒られたけど、その後はどこへ行ったのかなあ」
「いたずらって、資料室侵入でしょう。あの僚のことだから、懲りずにまた行ってるのかしら」
……真奈! その通りだ! 俺は資料室だ! 早く気付いて助けに行ってくれ……!
俺は心で叫んだが――。
「まさかあ。大方、いたずらの主犯ってことで反省室行きにでもなってんじゃない? ちょっと待ってればそのうち戻ってくるよ」
「そうね」

――運命は決まった。
純也の運命を変えた俺には、自分の運命を変える力は残っていないということなのか……。

涙が頬を伝うような感触を最後に、全身の感覚は抜けていった。
何も見えなくなり、何も聞こえなくなり、そして。

 

 

――俺は、霧となって時の狭間に散った。

 

 

孤独な死

(エンディング No.17)

キーワード……と


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