俺は短時間で考えをまとめ、作戦を立てた。頭の悪い俺でも、いざとなればそれなりの案が浮かぶものらしい。
まず、純也の帽子を探す。入口の前に落ちていたので、それはあえてそのままにしておく。
さらに、資料室の窓を開ける。俺を殴ったのが外部の人間だという可能性を出すためだ。もちろん事故だと気付いてくれればいいが、そうでなかったときのための保険として、やっておくに越したことはない。
そして気絶している俺の服を脱がせ、俺自身がそれを身に着ける。つまり、今の俺が競馬学校の生徒だった頃の俺に変装するのだ。髪型も同じだし、バレることはないだろう(親父がここの生徒だった頃は「男はみんな丸刈り」とかいう校則があったらしいが、今はない)。
それらが完了すると、俺は資料室を飛び出した。急いだ方がいい。
純也の姿を探しまわっているうちに、資料室がある校舎から50メートルほどのところで、やつと真奈が立ち話をしているのが見えた。
チャンスだ!
俺は走ってふたりに近づき、声をかけた。
「よう!」
「あら、僚。どうやらたっぷり絞られたみたいね」
振り返って、真奈が口を開いた。俺のいたずらのことを言っているらしい。
「ま、しょうがないさ。自業自得だからな。むしろ、純也に見つかったおかげでエスカレートしないですんだんだ。感謝してるぜ」
精一杯の演技で純也にそう言ったが、内心ドキドキしていた。
俺は今、自分の責任で競馬学校を追われちまった、あの純也と話をしてるんだ……。
これは失敗できないぞ。
「そうか。さすがお前だ。俺の気持ちをわかってくれたか」
純也は俺に笑いかけた。
「当然さ」
「あ、そうそう。それより、俺の帽子を見かけなかったか? どこかで落としちゃったみたいで、探してまわってるんだけど」
来た……!
「ああ、それなら例の資料室の方で見たような気がする。真奈も来いよ、こっちだ」
多少不自然な形になるのは否めないが、仕方ない。俺はそう言って、資料室に向かって猛ダッシュした。こうすれば、純也と真奈は俺を追って一緒に来てくれるだろう。
資料室に戻ると、俺は大慌てで服を脱ぎ、気絶した俺に再び着せた。
それが終わる頃、廊下にふたり分の足音が響いた。
間に合った!
俺は、ほっとしながら本棚の後ろに隠れた。
ドアが開いて、ふたりが入ってくる……。
「僚!」
ふたりの叫びが重なり、バタバタと音がする。俺はそっと頭を出して様子を見た。
純也と真奈は、気絶した俺をふたりで抱き起こしていた。
「しっかりして!」
真奈がその手首に指を当てる。脈を探っているようだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫みたい……。だけど、どうしてこんなことに……さっき走っていってから、何分も経っていないのに……」
心配かけて悪いな、真奈。……でも、こんなときなのにちょっと嬉しい。
「とにかく、誰か呼んでこないと!」
「私が行くわ! 純也くんは僚を見てて!」
「頼む!」
真奈は資料室を飛び出していった。
過去の俺は、気絶したまま病院送りとなった。
そして資料室では、教官や生徒連中、さらには警察まで呼んで「現場検証」……真相なんかわかるわけない犯人探しが始まった。
同期たちは、警察の質問に的確に答えていった。
俺が提案した資料室侵入のこと。それが純也に見つかり、教官にどやされたこと。そして――その後、純也が帽子をなくしたのに気付き、真奈に聞いているときに俺が来て「資料室で見た」と残して走っていったという話。
警察は、最後の俺の行動に首をひねっているようだった。窓が開いていたことから来た「どこかの事件の逃亡犯との鉢合わせによる不幸な襲撃事件」という推理の他に、「俺の自殺未遂説」まで飛び出す始末。犯罪捜査のプロも意外に鈍いもんだな。
……まあ、いいか。どうやら俺の同期生たちが疑われる展開にはならずにすんだらしい。ここに来た目的は果たせたようだ。
5日もすれば、この時代の俺が目を覚ますだろう。
そのとき俺は、事件時の状況については答えられないに違いない。
真相は永遠に闇の中……。
が、大事なのは真相を解明することじゃない。悲しむやつを出さないことなのだ。
……帰ろう。
俺にできることは全部やった。
俺は強く念じた。
目の前に、再びタイムゲートが現れる。
名残惜しさを感じながらも、俺はそこに飛び込んだ。
――元の時代に戻ってくるやいなや、俺のポケットの中で携帯が騒いだ。
取り出してディスプレイ表示を見ると……。
「純也!」
震える手で、出る。
「純也か!? お前……お前、本当に純也なのか!?」
『おいおい、どうかしたのか? 俺が電話するのはそんなに妙なことか?』
紛れもない純也の……あの頃より少し大人っぽくなった声。
「あ、いや……」
真実を告げられないことに戸惑いはしたが、すぐに平静を装う。
「それより、何か用か?」
『何か用かって、お前、有馬に乗ることになったんだろう? それで、よかったなって言おうと思って』
「よかったなって……」
『散々言ってたじゃないか、親父さんのために絶対重賞とG1を勝つんだって』
「覚えててくれたのか、そんなこと……」
『まあな。立場上『勝ってくれ』とは言えないけど、同期生として……栗東と美浦に離れても、応援する気持ちは変わらないんだ』
そうか。純也は、栗東所属のジョッキーとして、ちゃんと俺たちと一緒にデビューしたんだ――。
胸に、苦しさと嬉しさが同居していた。今となっては意味のない申し訳なさと喜びと……でも、俺はそれらの存在を忘れたくなかった。
「お前は、有馬には来るのか?」
『ああ、おかげ様で。お前や真奈ちゃんほどじゃないけど、それなりの馬でそっちへ乗り込めそうだよ』
「本番を楽しみにしてるぜ。お前もがんばれ」
『お前こそがんばれよ。じゃ、真奈ちゃんと泰明とレイラによろしく』
……純也は俺の前から去った。
もっと話をしたかったが、それは有馬の前日にでも叶えればいい。
そして――それを叶えられるという事実が、たまらなく嬉しかった。
自分のせいで失っていた、大事な仲間。
それを取り戻せた俺は、なぜか、有馬で予想以上の活躍ができそうな気がしていた。
同期生
(エンディング No.19)
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