俺は、例の資料室に真奈を連れていき、すべての説明をすることにした。
それは真奈を落ち着かせるため、そして他の連中に俺を見られないためでもあった。
「……俺、本当はここで気絶したんだ。それを、俺自身があのポプラの下に運んだ」
「どうして? それに、ここで気絶した理由は?」
「こいつさ」
俺は床に落ちたままのファイルを拾い上げ、真奈に見せた。
「純也に見つかってここから出るとき、俺がこの棚の上に置いたやつだ。で、さっき懲りもせずにまたひとりでここに来た俺は、この棚の中のエンマ帳を出そうとして揺すって……頭の上に落ちてきたんだ。見事な自業自得さ」
「……本当だわ。微かにだけど、血がついてる」
真奈はファイルの角を見て言った。俺はさらに説明を続けた。
「実は、俺が未来からこの時代に来た理由もそこにあるんだ。俺が何も介入しなかった場合の未来を教えてやろうか」
「ええ。どうなるの?」
「俺をここで見つけることになるのは純也だ。ところが運悪く、そのときここの周囲にいたのは俺とあいつだけだったんだ。事故だってことも気付いてもらえなくて……おかげであいつは、俺を襲撃した犯人の疑いをかけられちまって、退学処分」
「!」
真奈の瞳が見開かれる。そこには「なんてことを」と書かれていたように思った。
「……俺は目を覚ますまでに5日もかかった。目覚めたときには、もう競馬学校に純也はいなかった。おまけに、自分でも『誰かに殴られた』って思い込んでたから、その処分が取り消されることもなかった」
「あなたの未来では、純也くんはジョッキーになっていないのね」
「ああ。……俺は過去へのタイムゲートを見つけて、真っ先にこの時代へ来ようと決めた。それは事件の真相を知りたいからだったけど……この目でこいつが俺の頭上に落下するのを見たとき、決めたんだ。絶対に純也の濡れ衣を晴らしてやろうって」
「優しいのね」
真奈が言う。その言葉は嬉しいが……。
「いや、優しさじゃない。俺の義務だったんだ。だって、こんな未来じゃ、あいつがかわいそうすぎるじゃないか……」
……俺は泣いていた。
が、すぐに涙を拭って続けた。
「でも、もういいんだ。純也は疑われなかったし、退学にもならないですんだ。話、聞いてくれてサンキューな」
「ううん。僚の方こそ、そんな言いにくい話をしてくれてありがとう」
この真奈が俺相手に「ありがとう」なんて、普通じゃまず聞けないセリフだ。それだけに、余計嬉しい。
「気絶してる俺が起きるのは5日後だ。あいつは『資料室で殴られた』って言い張るだろうから……よければ、あいつにだけは本当のことを話しといてくれないか。そうすれば、あいつが俺の時代を迎えてまたタイムゲートが出たとき、今回の辻褄を合わせるためにこの時代に来ようって気になってくれるだろ」
「いいけど……信じるかしら、あの人」
ちょっとだけ笑う真奈に、俺は強く答えた。
「信じるさ! 俺がそう言うんだから」
「……じゃあ、私はそろそろ行くわね。起きる日がわかっていても、やっぱり気になるから」
誰が、という言葉を省くあたりが、いかにも真奈らしい。
「あなたも、元の場所に帰るの?」
「ああ。……そうだ、ひとついいことを教えてやるよ」
俺は、この真奈に手土産をやることにした。
「何?」
「お前、いいジョッキーになれるぜ。俺の世界じゃ重賞も勝ってる」
が、真奈は思ったほど感激はしなかった。
「そうなの。でも、あなたが今回やったみたいに、未来なんてちょっとしたきっかけでどんどん変わるから、努力は怠らないようにするわ。あなたが帰ったら、純也くんがいる代わりに今度は私がいなかった、なんていやだもの」
「なるほど、それもそうだ。がんばれよ!」
「うん。……じゃあね。2028年の暮れにまた会いましょ」
頼もしい言葉を残して、真奈は資料室を出ていった。
愛着が湧きつつあるファイルを本来の場所にしっかり戻し、いよいよ俺は本来の時代、本来の場所に帰ることにした。
――そう思っただけで空間がはじけ、再びタイムゲートが現れる。
俺は遠い未来の変化に思いを馳せながら、その中に飛び込んだ。
遠い場所から
(エンディング No.21)
キーワード……が