「そうだな、その方がいいだろ」
「……」
親父は納得のいかない顔をしている。「あきらめるな」と言ってほしかったって感じだ。
だが、俺は俺の思うところを語るまでだ。
「ああ。だってさ、どんなに強引に迫ってみたところで、相手にその気がなきゃ恋愛なんて成立しないんだ。あんまりしつこいと、今度は愛してくれないばかりか嫌われかねない。だから、もう先がないと思ったら、相手の気持ちを考えて潔くあきらめるくらいの勇気も必要なんじゃないか?」
「そう……そう……だよな」
親父は、頭をがっくりと下げた。
その落胆ぶりが、胸に痛い。
「わかってたんだ……それが正解だってことは。だけど、どうしても受け止められなくて……もしかしてお前なら、愛し続けろって言ってくれるかもしれないなんて、ちょっと甘えてた。悪かった」
「謝るな。お前の人生、ここで終わったわけじゃない。何年かすれば、幸せはまためぐる」
親父がお袋と結婚するのは、26のときだ。この時代から計算すると、あと7年――それだけすれば、この悲しみも笑顔に変わるはずだ。
……?
何か違和感も覚えるが……まあ、いいだろう。
「幸せ……新しい恋が……?」
「ああ」
俺は自信たっぷりに言った。俺が存在する限り、未来は決まっているのだ。
だが。
「……できない」
「できない? できないってどういうことだ?」
「彼女以外の人を愛することなんか、できない……」
「できるさ!」
「できない!」
親父は顔を手で覆い、男泣きに泣いた……。
「……お前の言ったことは、間違ってない。彼女につきまとい続けるようなことはしたくない。迷惑になるようなこともしたくない。その気持ちは本物だ。だけど……あきらめることもできない。彼女は俺のすべてなんだ!」
「じゃあ、どうすんだよ!」
俺が叫ぶと、親父は言った。
「残された道は1本しかない。もう、恋をしないことだ」
「そんな……」
「すまないな、リョウ。お前は俺を救おうとして、未来があるって言ってくれたんだろうけど……それを聞いて、余計に『俺には自分の恋を封印することしかできない』って思った。……もう、俺が誰かを愛することはないだろう。今後一切、誰にも心を開くまい……」
「そんなのってないぜ!」
――その叫びが、何だか声のわりに小さく聞こえた。
「いいんだ。もう、決めたことだ……リョウ?」
――視界が、ホワイト・アウト。
上も下もわからなくなり、手足の感覚もなくなった。
俺は突然、魂だけがさまよう世界に放り込まれた――。
理屈はわかっていた。
親父は、恋をしないことに決めた。
その決意が固まった瞬間に未来は変わり、俺の存在は消え失せるしかなくなったのだ。
……それも、いいかな。
俺は思った。
親父は結婚しない。恋愛すらしない。
それは、最愛の人間の死を経験しないですむということだ。
お袋だって、親父とくっつかなければ俺を生むこともない。
よって、若くして死ぬこともないのだ。
俺は、歴史から消失した。
でも、ただ消えただけじゃない。
大切に思うふたりの人間――そのひとりの至上の悲しみを消し、ひとりの命を救った。
いいじゃないか、それならば。
――俺はこれから、ずっとここで漂い続けるのだろう。
遠い未来に、すべての記憶を失って、どこかの誰かとして生まれ変わるまで。
幸せならば……
(エンディング No.31)
キーワード……え