「だめだ、絶対にあきらめるな!」
俺は大いに焦って叫んだ。
「え……どうしてだ?」
その勢いに押されてか、親父は迷いも悲しみも忘れたように目を見開く。
「どうしてって、そりゃ……恋ってのは、そんなに簡単にあきらめきれるもんじゃないだろ! 初志貫徹だ! 押しの一手で落とせ!」
――当然、本当の理由なんか言えない。
俺はなおも焦るしかなかった。
親父の言う相手は、おそらく俺のお袋だ。ここで親父がお袋をあきらめたら、俺は生まれてこないことになる!
消失しちまうんだ!
「……お前は強気だな。いくら顔が似てても、俺とは違うタイプの人間だ」
親父は足を折り曲げて膝を抱え、地面を見つめながら独り言のようにつぶやいた。
「お前が弱気すぎるんだよ」
親父に言うには少々きつい言葉だが、俺にとっては存在できるかできないかだ。許してもらおう。
「でも……彼女には好きなやつが……」
「そいつは確かか? お前の思い込みじゃないのか?」
「ああ……」
「相手の男は、その女のことを?」
「好きだ。この耳で聞いた」
「じゃあもう、ほとんど恋人同士か」
「いや……まだそれほどじゃない」
「それなら望みはある! だから……絶対にあきらめるんじゃない! その女以外、一生誰も愛さないくらいの心意気で行け!」
「……リョウ、お前は俺に、ふたりの妨害をしろと?」
親父の視線が、悲しそうに俺に突き刺さる。
「仕方ないだろ。その女を愛してるなら目をつぶれ。お前だって心のどこかじゃそうしたいはずだ」
勝手なことを言ってるのはわかっている。
俺は親父に「人を傷つけて得るものの中に幸せはない」と教えられて育った人間だ。
その親父にこんなことを言うなんて親不孝以外の何物でもないし、胸が痛んでたまらない。
だが、それでも――。
「……やっぱり、俺は悪役にしかなれないのか……」
親父の声のトーンが、さらに落ちる。
「いいじゃないか。たまには悪役が笑って終わるストーリーがあったってさ」
――口だけだった。俺も苦しかった。
それでも、俺は消えたくなかった――。
「……わかった。お前の言う通りに生きよう。どうせ、一度は汚れた身だ……」
汚れた……?
その言葉が気になって、俺はそれについて聞こうと試みた。
だが、そのとき。
――本当に、突然のことだった。
気がつくと、俺は真っ白な空間に浮かんでいた。
な……なんだ!?
過去にいられるタイムリミットが過ぎちまったか?
それとも――。
俺は、その可能性を考えて愕然とした。
……消失……。
なぜだ!?
俺はあんなに、あきらめるなと叫んだ。
親父も、最後にはそれを納得したようだった。
それなのに、なぜ……。
……人を呪わば穴ふたつ、ってやつかな。
そうだ。きっとそうだ。
傷つく人のいる幸せは、本当の幸せにはなりえない――。
その教えに背いた俺の行く末は、ここしか残されなかったんだ――。
仕方が、ないか……。
――上も下もわからない無重力空間を漂う俺の目から、涙がはらはらと散った。
消失
(エンディング No.35)
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