「真奈……」
俺はその考えを言おうとして、ためらった。
あまりにも危険すぎる。本物の銃を持った連中に女だけで闘いを挑み、しかも勝って武器を奪えってんだから。
『どうしたの?』
「あ、いや……」
だが、それ以外に作戦が浮かばないのも事実だった。俺は、ダメモトでその話をすることにした。
「真奈、あのさ……これから言うのは、あくまでそういう手もあるってだけのことだぜ」
『ええ。何かいい考えがあるの?』
「お前らは、自由に建物の中を歩きまわれる。つまり、お前らがやつらのそばを通っても、やつらは途端に戦闘体勢に入ったりはしないってことだ。それを利用して、その……やつらのひとりを不意打ちで倒すとか、できないか?」
『できるかもしれないわ』
――真奈の答えは、予想外に淡々としていた。それで慌てたのは俺の方だ。
「お……おい! だから言っといただろ! あくまで手段のひとつだって! 本当にそんなことしたら危ないぞ!」
『ううん、実は私も少しその方向で考えていたの。3人くらいで怖がってるふりをしながら横を通って、後ろにまわったときに一気に……って』
「やめろって!」
『大丈夫よ。私たちだってジョッキーだったり厩務員だったりするんだから。そのへんの女の子よりは体力や反射神経にも自信があるわ』
……俺は今ほど、自分の判断を後悔したことはない。
ああ、やっぱりあんなこと言うんじゃなかった。下手したら、取り返しつかないぞ……。
『気にしないで。これは私が決めたことよ。……さて、これから他の子たちに意見を聞いて、それからやるかやらないかを決定するわ。もしやらないことに決まったら、またここからあなたの携帯を鳴らすから』
俺は、中の女たちが全員反対してくれることを切に願った。
『それじゃ……あなたは、何か武器になりそうな物を探して裏口の前で待ってて。やるとしたら、なるべく裏口に近いのを倒してあそこから出る形になると思うから。もし追っ手が来たら、一撃を加えてほしいの』
「わかった……」
『じゃあね』
真奈の電話は、唐突に切れた。
「どうしよう……」
横で聞いていた泰明が、不安そうに(実際、不安なんだろう)俺の顔を見る。
「何か、いつもの真奈ちゃんじゃないみたいだったね。いつもなら、そんな作戦危ないってすぐ却下するのに」
「仕方ないさ。あんな状況じゃ、誰だって判断力も鈍る。一刻も早く逃げ出したいんだろうよ」
俺は真奈の肩を持つと、携帯をポケットに突っ込んで体を伸ばした。
「さて、あいつの言った通り、武器になりそうな物を探して裏口前で待機するか。泰明、お前も手伝ってくれるな?」
「もちろんだよ。ぼくだけ何もしないわけにいかないからね」
自分が人の役に立つことを何より喜ぶタイプの泰明は、気合いを見せた。
そうして俺たちは、武器を探してそのへんを駆けずりまわったが……。
所詮ここは要塞でも兵舎でもなく競走馬のトレセンだ。武器らしい武器なんかあるわけもない。
結局、俺が手にしたのは、厩舎で馬の飼い葉桶を吊るために使っているチェーン。泰明が持ってきたのは、そのへんの厩舎の壁に立てかけてあった鉄パイプ。両方ともそれなりの武器にはなるが、やっぱり銃に対抗するにはちょっと心細い。
俺と泰明は、それぞれの武器を構えて裏口の左右に陣取り、神経を研ぎ澄ませた。
そうする間にも俺は、中の女たちが「反対多数」の決断を下すのを待っていた。携帯が鳴ったときに備えて、別の作戦をあれこれ考える。
――しかし、そのどれも形にはならなかった。
もしかすると、女たちも他の手段を見つけられずにいるのかもしれない。
そのせいか、一向に携帯が鳴る気配はない。
――そのときだった。
突然、裏口のドア越しにバタバタと争うような音が響いたのだ!
「僚!」
泰明が俺の顔を見る。俺はうなずいた。
もしかすると、裏口の前に見張りがいて、そいつを倒したところなのかもしれない!
成功してくれ!
俺は祈った。
――ほどなく、裏口のドアが開いた。
センサーが作動してアラームが大音量で響く中、女たちが次々に飛び出してくる!
成功か!
俺はその人数を数えた。
ひとり、ふたり、3人……7人めが花梨、8人めは……。
「真奈!」
俺は持っていたチェーンを放り出し、その体をしっかり抱きしめた。
「僚……」
よかった……。
真奈が無事だった――それは、何よりも嬉しかった。
ところが。
「レイラは!?」
泰明が叫んだ。それで俺は反射的に真奈を放す。
そうだ。人質は9人いたはずだ。まだレイラが出てきてない!
「私たち……裏口を見張っていた女を油断させてマシンガンを奪い取ったの。レイラはそれを持って廊下の角にいるはずよ。もしものときは追っ手を食い止めるって……」
「何やってるんだ!」
泰明が武器の鉄パイプを握りしめたとき――建物の中から、そのマシンガンの音が容赦なく響いた!
「レイラ!」
「あっ、泰明! よせ!」
裏口から中に飛び込んだ泰明を追うことはできなかった。真奈が俺を必死に止めたからだ。
「大丈夫! あれはレイラのマシンガンの音よ! すぐ泰明くんと一緒に出てくるはず! だから、おとなしく待ってて!」
「わかった、信じて待とう」
――と言った、直後だった。
……!!
銃声が一発。
同時に――マシンガンの連射が止む。
まさか。
まさか……!!
「……うおおおおおおおおっ!!」
俺たちが青くなる中、獣のような雄叫びが、突如として建物の内部からとどろいた。
あれは……あれは、泰明!?
「表へまわりましょう! ここじゃ事態を把握できないわ!」
真奈が俺を促した。
俺は無言でうなずき、真奈と一緒に表側へと走った……。
――表へ出るまでの間に、相変わらずのアラームに混じって、銃声が数発。
でも、銃声が何発もするってことは、まだ俺たちの仲間が無事だって証拠だ……そんな気休めを胸に聞かせつつ、破壊された玄関のガラスドアの前まで来た。
「どうなっているんだ!?」
いつしか来ていた警官隊も、突然始まった銃撃戦の意味を理解できずにいる。
「私、中にいた人質のひとりです! みんな自力で裏口から脱出したんですけど、まだひとり出てきてなくて、逆に中に飛び込んだ人もいて……」
真奈が簡潔に説明すると、警官隊の指揮者らしき男は顔をしかめた。
「なんてムチャを……」
俺はそんなやりとりを横目に、玄関から中をのぞいた。
――あのサングラスが、サバイバルナイフを構えて、裏口のある方向を向いていた。
心なしか、その体が震えているようにも見える。
「……あっはははははは!!」
サングラスが見ている方向から、狂ったような笑い声が響く。
その姿を確認しようと、俺と真奈は立ち位置を変えた。
――いた。
泰明でないような泰明が、そこには立っていた。
真っ白いジャージの上下を返り血で真っ赤に染め、両手で銃を構えてサングラスに向けている。
その表情は、まるで獲物を前にした悪魔のようだった――。
「き、貴様……!」
サングラスはサバイバルナイフを振りかざしたが、明らかに動揺している。持っている武器の性能の違いだ。
「あはははは……おもしろいもんだね、銃撃戦ってのは! こうしてちょいっと指を動かすだけで、大事な人もお前らみたいな屑も、みんな死んじゃうんだからね! 楽しいったらないよ!!」
――大事な人。
その言葉ですべての事情を理解し、俺の中で一瞬だけ時が止まる。
レイラ――。
「……よせ! 撃つな!」
サングラスは情けなく叫ぶ。
「撃つな? よく言うよ! これだけのことをしておいて自分だけ命乞いかい? ええ?」
「頼む……」
「頼まれてもやめないよ。さて、いつ撃とうかな。1分後か、10分後か、1時間後か。わからない方が楽しいだろう?」
――泰明は、楽しんでいた。
あのサングラス野郎が自分にひれ伏していることを、やつを生かす殺すの権利が自分の手中にあることを、楽しんでいた――。
「泰明くん、やめて!」
真奈が叫んだ直後――銃声がして、玄関のガラスが破れた。
脅える真奈をかばいながら、俺も脅えた。
……正気じゃない……。
「お……お前は何が望みなんだ。恋人のかたきか……」
「くだらないね。例えお前が彼女を元通りにしてくれたって、ぼくはお前を撃つよ」
「お前、壊れてる!」
「壊れてる? あははは、そうかもしれないね。でも、それがどうしたんだ? どうせ、もうお前には関係のないことさ」
不気味な笑みを浮かべたまま、泰明は一歩前進した。
そして、サングラスが後退する前に――。
――銃声は、やつを貫いた。
「泰明っ!!」
「やめてよ、僚!!」
真奈の制止も振り切って、俺は玄関から中へ踏み込もうと飛び出した。
仲間として、何もしないわけにはいかなかった。
例え、次は俺が撃たれることになろうとも――。
「……あっ!!」
――叫んだときには、最後の銃声が響いていた。
そのターゲットは、俺ではなかった。
泰明自身の、頭だった。
数日後――。
ショックで入院していた俺や真奈のところにも、ようやく事件の全貌が報告された。
全貌といっても、惨劇を直接知るやつらはみんな死んじまったから、あくまで警察の推測でしかないのだが――。
……裏口の見張りの女から奪ったマシンガンで全員のガードを買って出たレイラ。しかし、そこへリーゼントの男が現れ、銃撃戦となった。
その真っただ中に泰明が飛び込み、そして――そこでレイラは、リーゼントの凶弾に倒れた。
レイラの死の瞬間を目撃してしまった泰明は、その場で完全にキレた。
恐れることもなくリーゼントに組みついて銃を奪い、まずはそいつを射殺。続いて、マシンガンを奪われた女をも手にかけた。
玄関ホールへ向かい、途中で様子を見に来たスキンヘッドを殺った。
あとは、俺が見た通りだ……。
「……悲しすぎるわ、こんなの……」
真奈はそうつぶやき、らしくなく泣いた。
ここは、病院の一番上の階にあるテラス。俺たちはそこのベンチに並んで座っていた。安らぎをもたらそうと、ここには冬だってのに呑気に花なんかが植えられているが、本当に沈んだ人間にその効果は期待できない。
「そうだな……」
俺も、今はそう言って真奈の肩を抱いてやることしかできない。
俺たちは、いつか元の俺たちに戻れるんだろうか。
……戻らなきゃいけないんだろう。
でも――今は、どうしてもその未来が見えてこないのだった。
……泰明……。
狂気
(エンディング No.51)
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