探し物をするときには、物の数が多い場所を調べるのがセオリーだ。俺は部屋の左側から手をつけることにした。
「真奈、まずは部屋の左側だ。テレビと本棚とクローゼットと物置がある。……今、物置を開けた」
部屋を探りながら、携帯の向こうの真奈に実況中継をしていく。
「……何か、雑誌の収納スペースになってるみたいだ。特に変なものは入ってない」
『何の雑誌がある?』
「競馬にゲームに、野球の専門誌。それから車関係にメンズファッション誌に、いわゆる流行を追っかけるタイプの雑誌もある」
『競馬とゲームと野球はともかく、その他は泰明くんからは想像しにくいラインナップね。……ねえ、それぞれの雑誌がいつ頃の号からあるのかを見てくれる?』
「よし」
俺はチェックを始めた。
そして、出した結論を述べていく。
「競馬とゲームと野球は、相当古い号からある。前々から購読してたんだろうな。だが、その他はここ数ヶ月だ。心境の変化でもあったのか?」
『私には男性心理はわからないけど……あなた、何か心当たりはある?』
「いや、これだけじゃ……。もっと別の場所を調べてみることにする」
俺は言って物置を閉め、今度はターゲットをクローゼットに移した。
「クローゼットを開けた。……何やら、かっこいい服が一杯ある。俺、泰明がこんなの着た姿、見たことないぞ」
『それも新しい?』
「そうだな。冬物だし、去年からある感じじゃない」
『ということは……私にはわからなくても、やっぱり何らかの理由で気持ちが変わってきていた可能性が高いわね』
「らしいな……。じゃあ、本棚を見てみる」
言って、今度は本棚の背に視線を走らせた。几帳面な泰明らしく、きちんとそろっている。
「……海外のミステリーが多いみたいだ。それから、野球の理論書とかゲームの攻略本とか、もちろん競馬関係もあるが……なんだこりゃ?」
俺の目は、本棚の端の方で止まった。
『どうかしたの?』
「いや……詩集があるんだ。それから、こいつは女向けの恋愛小説。……なんだ? そのものズバリ『恋愛論』なんてのがあるぞ」
『泰明くんって競馬とゲームと野球にしか興味がないと思ってたけど……単に私たちが彼の一面しか見てなかっただけのことなのかしら』
「いや、もしかすると……」
俺には、少しずつ考え始めていたことがあった。
『もしかすると?』
真奈は聞き返してきた。こいつにはわかりにくいことかもしれない。
だから俺は、ゆっくり言った。

「……もしかすると、彼女でもできたんじゃないか?」

『彼女!? つまり……恋人ってこと?』
案の定、まるっきりの予想外といった声で真奈は反応した。
「ああ。それで、少しは『今時の男』になろうとしてファッションや流行を研究したり服をそろえたりする一方、本を読んで『恋愛って何だろう』なんて考えてた……そう推理すると筋が通らないか?」
『そうね……。その推理、いいところ突いてるかもしれないわ』
「だが、そうすると、泰明の失踪にはその彼女が絡んでるんだろうか……」
『彼か恋人が病気にかかって、死ぬまで一緒にいようって駆け落ちしたとか?』
不吉なことを言うな、とたしなめたいところだが、それも否定できるパターンではない。
「まあ、いろんな可能性が考えられるが……とにかく、彼女がいるならそれが誰かを調べる必要がありそうだな」
『まさか……』
――俺と真奈の間には、おそらく無言のうちに同じ人物の名前が飛び交っていることだろう。
泰明の一番の親友、レイラ――。
性格の違いが互いにないものを補い合うのか、あいつらは本当に仲がいい。俺はあいつらの「友情」しか知らないが、俺たちの知らない場所で恋愛関係に発展していたことも、充分に考えられる。
「よし、俺がレイラに連絡して聞いてみよう」
『無駄だと思うけど』
意外にあっさり、真奈は答えた。
「無駄?」
『だって、普段何かあるとすぐ大騒ぎするレイラが、私たちに何も言ってきてないのよ。彼女は泰明くんの失踪の理由を知らないか、あるいは知っていても人に教えられる状態じゃないことは確かだわ』
「そうだ……」
まさしくその通りだ。俺は突破口を求めて考え込んでしまった。

『……あっ、長瀬先生が呼んでるわ。ごめんなさい、仕事みたい』
真奈は慌てたように言った。
「ああ、それじゃもう切るか。俺はこれからどうすればいい?」
『じゃあ、ひとまず自分の部屋で休んでて。この用事が終わったらすぐに行くから、そうしたら改めて一緒にその部屋を調べましょ』
「わかった。じゃあな」
俺は携帯を切った。

 

 

隣の自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

……何か、とんでもない展開になってきた。
俺が病気になっただけじゃなく、泰明が消えた。しかも、やつには彼女ができていたらしい。
そいつはレイラなのか? それとも別の誰かなんだろうか……。

――考えがまとまらない。
俺は、真奈が来るまで寝て待とうと思った。
こんな状態なんだから、寝てたって文句は言われないだろう。
いや――正直に言うと、理屈はともかく、さっきから眠くてたまらないのだった。

眠くて……。
そう思っただけで、上のまぶたと下のまぶたが恋に落ちる。

――その「恋」が人為的なものだと悟ったのは、微かに薬品系の匂いをかいだ直後だった。

俺は、気力で入口のドアの方を振り返った。
……ドアの下から、何かの液体が室内に侵入していた。

誰だ……!

しかし――もう、叫んだり起き上がったりする力は残されていなかった。
心では抗いつつも、俺は睡魔の中に引きずり込まれていった……。

 

 

……。

……なんだ……?
意識を取り戻した俺は、自分の体が思い通りに動かないことを悟った。

俺は、ログハウスの中の一室みたいな場所に立っていた。
が、それは俺の意思ではなかった。目覚めたときからこの体勢だったのだ。
第一、足元から頭の上まで、凍りついたように微動だにできない。この場から移動するために足を動かそうとしても、ここがどこなのか確認するために首を周囲にめぐらせようとしても、まったくの無駄なのだ……!
まさか、体温が下がりきって本当に凍っちまったとでもいうのか!?
まるっきりわからない……。

俺の真っ正面には、犬が1匹、鎖でつながれている。
室内で飼うならつながなくてもいいだろうに――などと思ったそのとき、俺の両手がゆっくりと、バンザイの姿勢で持ち上がった。俺はそんなことしようなんて少しも考えてなかったのに。
まさか――誰かが俺を操ってるのか!?
恐ろしい疑問とともに、それは起こった。

……!!

――本当に、一瞬の出来事だった。
頭上に上がった俺の両手の先から凄まじい冷気が吹き出し、正面につながれた犬を襲ったのだ!!
犬は、瞬時に氷づけになっちまっていた。よくSFなんかで、液体窒素か何かで生物を凍らせて保存する話があるが、あれと似た状態だ。

だが……。
なぜ、俺の手からこんな冷気が!?
まるで、ゲームに出てくる魔法使いみたいに……。

――混乱する頭の後ろから、エコーのかかった声が響いた。

「……片山僚、かなりの素質あり、と」

女だ……!
まさか、この女が俺をこんなにした張本人か!?
振り向けないので顔がわからず、それがもどかしい……。

「この男が感染したのは予想外だったけど、おかげで思いがけない拾い物をしたわ。うふふ……私の研究もいよいよ大詰めね」

何だと……!?
やっぱり真奈の言うことは正しかった! 病気を流行らせた黒幕がいたんだ! こいつだ……!
そして、だんだんわかってくる。
例の病気に感染したやつをどうにかすると、今の俺みたいなことができるようになるのだ。こいつは何らかの方法で美浦のあちこちで病気を流行らせ、感染したやつを拉致してきて実験に使ってたんだ! 今まで行方不明になった連中も、きっと……!
『なんてやつだ……許せねえっ!!』
俺は声にならない叫びを上げた。

……だが、誰に届くわけでもない……。

「……さてと。この片山僚は大事にしまっておきましょう。いずれこのトレセンに総攻撃をかけるとき、最前線に立ってもらうことにするわ」
な……トレセンに総攻撃だと!?
『やめろ!!』
俺はまた、動けないまま叫びを上げた。
だが――相変わらず声は届かず、恐ろしい言葉が返ってきただけだった。

「うふふふふ……やっと競馬界が壊滅する日が来るのね。所詮は刹那的な快楽、消えて当たり前だわ」

 

 

――そして俺は、女によって、自分の意思とは無関係に、暗い部屋に押し込められた。
俺が再び目覚めるとき……それは、自分の手で親父や真奈や親しい連中を氷づけにするときなのだ。

助けてくれ……!

そんな叫びも、やがては力尽きて消えていった――。

 

 

氷の中の叫び

(エンディング No.53)

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