「真奈、研究の成果を見つけた部屋に案内しろ!」
「え……?」
「そこの資料を持てるだけ持って逃げるんだ! 普通に考えても、研究の成果をそんなバラバラな位置に置いてるはずはない! きっと近くに治療法のデータがある!」
「そうね! こっちよ!」
真奈は、最初俺が目覚めたときにやつが背にしていたドアを開けた。弥生さんがそれに続く。
「……おい、逃げないのか!」
俺は床に倒れ込んだ香の手をひっぱった。
「何よ……余裕ね。火事の家の中で敵を心配するなんて」
香は起き上がろうとはしない。
「……ちょっと、僚! 何をしているの!」
真奈がドアの向こう、別のドアを開けて待っている。あそこが研究室らしい。
「香が動いてくれないんだ!」
「そんなの放っておきなさい!」
「放っておけるか! いくら敵だって、死ぬのわかってて見殺しになんかできねーよ!」
――それが、俺の本心だった。
だが。
「……私は、捕まるくらいなら死を選ぶわ。最初からそう決めてたの」
香は床で砕けていた装置の破片の中から一番鋭そうなのを手にし、それで――自分の手首を、一瞬のうちに切り裂いた!
「うわあ! お、おい……!!」
「教えてあげる……。治療法のデータは……研究室の右の棚の、青いファイルよ……それから……」
「それから、何なんだ!」
――その後、香の言葉が声になることはなかった――。
「僚!」
「真奈! その部屋の右の棚に青いファイルがあるそうだ! そいつだけでも持って逃げろ!」
香の言ったことが本当かどうかはわからないが、信じてみようと思った。
「わ……わかったわ!」
真奈が答え、弥生さんと一緒にそこの部屋に飛び込んだ。
……炎が天井に届いた。そこで不意に、いつか寺西先生に聞いた話を思い出す。火事は、こうなってからが火のまわりが早いと。
俺は動かなくなった血まみれの香を背負った。こんなになっても――放っておくことは、俺にはできなかった。
その状態で真奈たちのもとへ向かう。
真奈と弥生さんは、部屋の右側の棚の前で青いファイルを広げ、中をざっと見ていた。
「真奈! 弥生さん!」
「僚! 間違いなくこれよ!」
「よし、脱出するぞ!」
そして俺は、真奈に先導されて脱出を試みた。
だが、ログハウスの外へのドアはびくともしなかった。
「こいつは……そうだ! きっとあいつだ!」
俺は思い出した。トレセンの林の中に、外から板を打ちつけられたログハウスがあったことを。ここはその中だったんだ!
「壊してる余裕はないわ! こっちから出ましょう!」
真奈はそこから左の部屋に飛び込んだ。俺と弥生さんが続く。
そこには、地下への階段があった。
「ここは?」
「私はここから入ってきたの。診療所まで地下トンネルでつながっているのよ」
「なるほど。そうやってここに出入りしてたのか」
おそらくは東屋先生あたりが研究のために造ったんだろうな――そんなことを考えながら、俺はまた真奈についてその地下へ踏み込んだ。
診療所へ帰り着き、外に出て振り返ると、向こうの林の中で煙が上がっていた。
「……これで、すべてが終わったな……」
俺はその煙を見て、また背中の重みを感じながら、ぽつりとつぶやいた――。
――そして。
俺たちの通報で警察と消防が来たときには、すでに林の中のログハウスは全焼していた。
だが……。
調べた結果、焼け跡からひとりの男の死体が発見された。
それは――泰明だった。
しかも、どうやら生きたまま焼けたらしかった。
俺たちがあそこから脱出を試みていた時点では、まだどこかの部屋で助けを待っていたのだ――。
俺と真奈と弥生さんは3人とも、この結末を悲しみに悲しんだ。
レイラは半狂乱になり、病院に閉じ込めておかないといけない状態に陥ってしまった。
弥生さんと泰明を除く、今まで行方不明になった人間は、地下道の横に造られた部屋から全員が死体で発見された。
その中には、香の父親・東屋先生もいた。
香は、実の父親までも実験用として手にかけたというのだろうか……?
俺はそれを信じられなかった。信じたくはなかった。
だが、香が死に、研究の資料がみんな焼けてしまったため、事件の真相は闇の中だ。
唯一、香の言う通りに真奈が持ち出したあの青いファイルにより、治療法だけはわかった。
その方法で俺と弥生さんの病気は完治したが、何か――「生きながらえちまった」といった意識しか持てなかった。
泰明……。
俺たちは、お前を助けることができなかった。
ただ、こんなことも思う。
最期に香が言った「それから……」の続き。
もしかしたらあの女は、泰明の居場所を教えようとしたんじゃないだろうか。
そう考えないと、悲しすぎる……。
――やめよう。
そんなことを考えて自分を慰めたって、虚しいだけだ。
……俺はいったい、これから先をどう生きればいいんだろう……。
永遠の悲しみ
(エンディング No.59)
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