「いや、もうちょっとこの部屋を調べた方がいい」
俺はレイラの手首をつかんだ。
「何呑気なこと言ってんの! んなことしてたら帰ってきちゃうじゃん!」
振り返って猛反発するレイラに、俺は説明を試みた。
「よく考えてみろ。俺たちが泰明を連れ出すってのは、ここからこいつが消えるってことだぜ。帰ってきた香先生がそれを知ったら、助けが来たかこいつが自力で逃げたかの可能性を考えて、事件の証拠隠滅をはかるかもしれない。そうしたら事件の真相は闇に葬られちまうし、何よりも一番肝心な治療法がわからなくなっちまう危険性がある。だから、帰ってくる直前までここを調べて、少しでも証拠を集めるべきなんだ」
「なるほどね……」
レイラは泰明から手を放し、そして不安そうに続けた。
「だけど、そう上手くいく? あの先生、いつ帰ってくるかわかんないじゃん。あたしたちがここを探ってるとこを直接見つかったら、やばいどころじゃすまないんじゃない?」
「考えはある」
俺は答え、自分の携帯を取り出した。
そして、真奈にかける。
『はい。僚? どうかしたの?』
「ちょっと急ぎの用事だ。単刀直入に聞くが、お前、今どこにいる? 長瀬厩舎の近くにいるか?」
『厩舎の馬房にいるわ。体調の悪い馬がいてね、私もちょっとした手伝いをしてるの』
よし、ラッキーだ!
「じゃあ、そこに香先生がいるはずだな?」
『ええ、それは確かだけど……ねえ、どうしたの? 何かあったんでしょう?』
やはり真奈、異変には敏感だ。が、そばに香先生がいるなら、余計なことはしゃべらせない方がいい。
「真奈、頼みがある。そのゴタゴタが一段落して香先生が厩舎を出たら、すぐ俺の携帯に連絡してくれ。理由は今は聞くな。後で必ず説明する。あ、もちろんこの話は誰にも内緒だぞ」
『え……ええ、いいわよ』
「じゃあな!」
あれこれ質問されないうちに、俺は一方的に携帯を切った。
「なるほど、真奈に香先生の行動チェックを頼んだわけね」
俺の言葉で判断したんだろう、レイラが納得する。
「ああ。長瀬厩舎からここまでは歩いて5分くらいある。真奈から連絡が来たらすぐ逃げれば間に合う。だから……それまでが勝負だ! 調べられる限りの範囲を調べるぞ!」
「わかった! 早速始めよう!」
そして俺たちは、診療室のあら探しを始めたのだった……。
……が、ふたりで部屋中探りまくったにも関わらず、出てきたのは至って普通のカルテ(獣医でもそう呼ぶんだろうか)とか専門書とか、とにかく仕事上あって当たり前のものばかりだった。
「妙だな……香先生を疑ったのは見当違いだったとでもいうのか?」
俺はそう思い始めていた。多少なりとも泰明に気があるだろうレイラには言えないが、香先生は本当にやつのことが好きで、壁越しに聞いた通り、知り合いの医者とやらを呼んでくるまで、やつを周囲の目にさらさないようにここへ連れてきただけなんじゃないかと。
「バカ言ってんじゃないよ! じゃあ、なんであたしたちがこんなにバタバタやってんのに泰明ってば起きないわけ!? 薬か何かで本人の意思と無関係に眠らされてるって以外に説明つかない……あ、ちょっと待てよ!」
それもそうか、と思った直後、レイラの顔が驚きに歪んだ。
「どうした?」
「ねえ、僚! ここで眠らせちゃったら、当然そう簡単にはこの建物から運び出せないよね?」
「ああ……人目につくだろうからな。それで?」
「目が覚めるまで待つにしても、眠らされたことで泰明はもう香先生に不信感持ってるだろうし、逆に言えば先生はもう二度とこいつを表に出すつもりはないってことだけど……ともかく、先生がこいつを人体実験とかに利用するんなら、その場所はこの建物の中のはずだよ!」
「そうか!」
俺は大きな音で手を1回たたいた。泰明が絡んだときのレイラは実に冴える。
「だからさ、この部屋になくても他の部屋に実験用の設備があるとか、もしかするとこの部屋のどっかに隠しドアとか隠し階段とかあって、秘密の研究室に通じてたり……」
「よし、探してみようぜ!」
普通なら突拍子もない説だが、根拠があるだけに、疑いもせず早速行動に移す。
――そして、見つけた。
隅の床板を外すと……という古典的な方法で、階段が隠されていたのだ。
「あった……。結構深いな。地下室か、地下通路か」
「入ってみるしかないよ!」
当然だ。俺はうなずくと、先に階段の中に体を埋めようとした。
が――そこで携帯が鳴った!
真奈だ!
なんてこった、せっかくこれからってときに……!
「はい!」
『私よ。今、香先生が厩舎を出たわ』
やっぱりそうだ!
「わかった、サンキュー!」
俺はまたしても一方的に携帯を切ると、どうしよう、という気持ちでレイラの顔を見た。
「入ろう! 中からふたしちゃえばわかんないよ!」
レイラは叫んだ。その即答ぶりに、俺はつい不安になる。
「大丈夫か……? 出るときはどうすんだ?」
「その携帯でまた真奈にでも頼めばいいんだよ。何とか理由つけて香先生を外へおびき出してくれってさ」
「よし、それで行こう!」
そして俺たちは泰明のベッドのカーテンを閉め、ふたりで地下に下りて床板をしっかり閉めた。
香先生が帰ってくる場所に泰明をひとりで残していくのは気がかりだったが、さっき考えた通り、やつをここから動かすわけにはいかない。
中は真っ暗だったが、レイラの例のチェーンにペンライトがぶら下がっていたので、それをつける。
……どうやら、地下通路らしい。奥に向かってかなり長く伸びている。
「進むしかないな」
そう言った声が、思った以上に響く。しゃべらない方がいいようだ。
それをレイラもわかったのか、やつはうなずくだけにし、俺の前に立って黙って歩き出した……。
途中、右側にドアがひとつあった。
が、頑丈に鍵がかけられていて開きそうにない。
ひとまずあきらめて、先に進む。
突き当たりは、また階段だった。
上った先は、入ってきた場所と同じようなハッチになっている。
……てことは、ここは外への出口か? それとも、別の建物の中に出るのか?
『上がってみよう』
レイラがささやき声で言った。
『ああ』
俺もささやき声で答え、そのハッチを押し上げた……。
……その先も真っ暗だったが、ペンライトの光に浮かび上がったものは――丸太でできた壁だった。
「ログハウス!?」
俺はつい、声に出して叫んでしまった。
東屋診療所のすぐ近くの林の中に、窓や壁をすべて板で釘付けにされたログハウスがある。ここはその中に違いない!
「そうだよ! 方向も距離もぴったりだし、間違いないよ!」
レイラも驚きを声にする。考えてみれば、明かりがついてないってことは、こっち側に敵の一味(存在するのかどうかわからないが)が待ち構えている危険はないってことだ。しゃべっても大丈夫だろう。
「こんなところまで通路が続いてたのか……。この小屋、使われてないと思ってたが……」
「こいつはとんでもないお宝かもね。さあ、気合い入れて調べるよ!」
俺たちは明かりをつけると、ログハウス内の調査を開始した。
――そして俺たちは、ついに恐怖の部屋を発見した。
そこはファイルがたくさん置かれた部屋だったのだが、その内容たるや、俺の根拠のない推理を遥かに超えるものだった……。
まず、今回の奇病騒ぎの黒幕は、紛れもなく香先生だ。
親しげに近づき、食い物に病原体を混ぜて食わせて感染させ、そいつを拉致してきて実験に使っている――それも、残念ながら予想通りだった。
取り入りやすいという理由からだろう、ターゲットとして選ばれたのは、主に「自分に自信のないやつ」「自分の理解者を求めているやつ」だった。泰明や弥生さんがこれに該当する。このふたりは誕生日がつい最近で、それでバースデイケーキのプレゼントにだまされたのだった。
さて、何よりも驚いたのはその「実験」の内容だった。
なんと、患者にある種の薬を投与すると、男なら凄まじい冷気を、女なら灼熱の炎を、その手から放つことができるようになるというのだ。現代人が、一種の「魔法」を使えるわけだ!
この発見者は、東屋先生だった。自らが最初に感染し、この秘密の研究室での研究を始めたと書いてある。
それで行方不明か……。
おそらくここで病気にやられて命を落とし、香先生が死体を隠しているのだろう。あるいは、考えたくはないが、実の父親をも実験台にしたか――そのへんは書かれてないのではっきりしない。
香先生は……いや、もうこいつを「先生」なんて呼ぶのはやめよう……香は、患者に例の薬を投与し、頭にヘッドギアをつけて、リモコン操作で魔法を放つ研究をしていたのだ。まったくもって、恐ろしい話だ。
そして、念願の治療法も発見された!
薬をどうするとかではなく、もっと原始的な方法だった。男なら90度以上の場所に、女ならマイナス10度以下の場所に2時間も入っていれば、中和されて治るらしい。情けない話だが、単純すぎて気付かなかった。
「……これだけ証拠がそろってれば、警察も動けるな」
「もちろんだよ! じゃあ、早速その携帯で!」
「よし! 覚悟しろ、東屋香!」
そして、警察への通報をすませた。ファイルの内容や診察室の隠し階段のことなどを話すと、すぐ行くと言ってくれた。
俺たちはこのままここで待機することに決めた。警察が来たときここにいれば、いたずらでない証拠にもなるだろう。
……というか、警察が来るまで香を診察室から出すわけにいかないので、「出られない」って方が正しかった。
それを思って、俺はつい苦笑いをした。
笑えるってのは、余裕がある証拠だ……。
「泰明、大丈夫かな……」
レイラが、地下通路の出入り口がある方を振り返ってつぶやいた。
「今頃はもう香先生も帰ってきてるだろうし、警察が来る前に何かされて助からなかった、なんてやだよ、あたし……」
「……お前は、本当に泰明のことが大事なんだな」
普段のレイラは、こんなにネガティブじゃない。それもこれも泰明が絡んでるからだ。気の毒に思って、俺はそう言った。
「まあね」
するとやつは例のチェーンを手に取り、そこにぶら下がった鍵をひとつつまんで俺に見せた。
「……これ、泰明の部屋のスペアキー。なんであたしが持ってるのか、あんた気にすると思ったけど、しなかったね」
「ああ……。気にはなったけど、あのときは聞いてる余裕がなかった。なんで持ってんだ?」
やつはその話をしたいんだろう。俺の方から聞いてやろう。
「1週間くらい前、泰明がくれたんだよ。『君を信じてるからあげる』とか言ってさ。何言ってんだかって思ったけど、何だか嬉しくって、こうしてチェーンに下げといたんだ」
「1週間前っていえば、ひょっとしたら香があいつに近づき始めた頃かもな」
「そう、それなんだよ。……自分に都合よすぎる考え方かもしれないけど、泰明って勘の鋭いとこあるからさ、もしかして、今回みたいな目に遭うこと、心のどっかで予感してたんじゃないかな。あの女の本性に薄々感づいてたっていうか……」
「なるほど。いざってときにお前が部屋を調べに入れるように、その鍵を渡しといたってわけか。だとしたら、泰明が一番大事に思ってたのは、他の誰でもないお前だったってことになるな」
「ありがとう」
レイラはちょっとだけ笑って、続けた。
「……だからあたし、泰明のこと、絶対死なせたくない。ひねくれてて態度悪いあたしをそこまで信じてくれた、優しいあいつを……」
「大丈夫だ。もうあと何分もしないで警察が来るさ」
俺はレイラの肩を軽く小突いた。
――その通り、それから数分後に、警察は診療所に踏み込んできた。
俺とレイラのいたログハウスの証拠により香は逮捕され、目覚めた泰明も無事に救助された。
気の毒に、東屋先生を含む行方不明者のほとんどは、実験の果ての死体で発見された。あの地下通路の途中のドアは死体置き場だったらしく、中は捜査に入った警官隊も息を飲むほどの凄まじさだったそうだ……。
そんな中、明るいニュースは、弥生さんが生きていたことだった。ログハウス内の一室に、泰明と同じように眠らされて閉じ込められていたのだ。彼女と泰明の救出を知った五十嵐先生は、まるで自分の娘や息子が助かったかのように、安堵の涙をぼろぼろとこぼしていた。
発見された治療法に基づき、俺と泰明はサウナに、弥生さんは巨大な冷凍車の中に閉じ込められた。
脱水症状を起こす寸前になって、ようやく俺と泰明の髪は元の色に戻った。治ったのだ。
こうして、今回の事件は終わりを迎えた……。
数時間後。
寮の玄関ホールのソファーで、俺、真奈、レイラ、泰明の4人は話をしていた。
真奈には香の行動をチェックさせた理由を話す約束になっていたのだが、警察が来た騒ぎの中で全部把握しちまったみたいだった。頭のいいやつだからな。まあ、俺としても説明の手間が省けたのはラッキーだ。
「ねえ真奈。さっきから気になってたんだけどさ、あんた、その足どうしたわけ?」
レイラが真奈の右足首の包帯を見て聞いた。
俺もずっと気になっていた。俺が今日初めてこいつに会ったのは警察が診療所に突入した後だが、そのときからこの状態だったのだ。自分の見てないところで仲間がケガなんかしてれば、気にならないって方がおかしい。
「ああ、これね。ちょっとぶつけただけよ。ご心配なく」
真奈は包帯の上から足をさすったが、そのときやつの顔が一瞬歪んだのを、俺は見逃さなかった。
「そのわりには痛そうじゃないか。馬には乗れるのか? お前だって今週、有馬に乗るんだろ?」
「……残念だけど、無理すると悪化する恐れがあるから、今回はあきらめなさいって」
「あんたも運の悪い女だね……。変な事件が解決してトレセンに平和が戻ってきた日にそんなのってさ」
とレイラ。
「運が悪いっていうより、皮肉な話だわ。この手当てをしたの、香先生だもの」
「何!?」
もう何の心配もいらないってのに、俺はその名前につい反応してしまった。
「あなたたちは知らなかったみたいだけど、診療所に警察がなだれ込んできたのは、私があの先生にお世話になっているときなのよ」
「それじゃ、さぞ慌てただろうな」
俺はその光景を想像して言った。
「それほどでもないわ。人間って、周囲が自分と関係ないことでドタバタしていると、自然と冷静になるものよ」
「そうか?」
とりあえず聞き返したが、確かにそんなものだと思った。こいつはその時点では、俺や泰明が病気に感染してたことさえ知らなかったんだから。
「ええ」
「ま、考えてみりゃ結果オーライかな。あんたが診察室にいてくれたおかげで、あの女は拉致した泰明に手を出せなかったんだ。こんなこと言いたくないけどさ……もし診察室があの女ひとりだったら、警察が来るまでの間にどうにかされて助かんなかった可能性だってあるんだし」
レイラの言葉に、俺と真奈はなるほどとうなずいた。
が、泰明は違った。さっきから黙ったまま、真奈の足をじっと見つめている。
「泰明くん……? どうしたの?」
俺と同じく気になったらしい真奈が聞くと、泰明はたずね返した。
「真奈ちゃん。……失礼なこと聞くけど、君が有馬に乗れないのは本当にその足のせいだけ?」
「えっ……」
真奈は、不意を突かれたような顔になった。
「実は昨日の夜、みんながぼくの誕生日を祝ってくれてた席で……五十嵐先生が君におっしゃってた言葉、聞こえちゃったんだ。ゴールドロマネスクには今回、君のお母さんを乗せるって。引退前にどうしてもG1を獲らせてあげたいって……」
そいつは初耳だった。つまり真奈は、ケガしなくても最初から降板させられていたわけか……。
「……ええ、そうよ。私としてはとっても不本意だけど、五十嵐先生がおっしゃるなら仕方ないでしょう」
本当に不本意な気持ち丸出しで、真奈はぼやいた。なんでそんなこと気にするのよ、と言いたそうな雰囲気だ。
それを読み取ったためかどうかはわからないが、泰明の話には続きがあった。
「みんなの話によると、香先生はぼくを眠らせたあと、長瀬厩舎で病気の馬が出て呼び出された。そんな状態でレイラと僚が診察室にやってきて、ぼくを見つけて、先生の行き先を知って……それで君に先生の行動をチェックしてもらった。僚は理由を言わずに一方的に電話を切った。……ここからはぼくの想像だけど、この後、君はその理由が気になって先生を追いかけたんじゃないか?」
俺は納得した。真奈ならそうするだろう。こいつは感情こそ乏しいが、自分が疑問に思ったことはとことん自分で解き明かそうとするやつだ。
――真奈は答えない。泰明はさらに続けた。
「ぼくはどうしても、こう考えちゃうんだ。……仮に君がそうして診療所にたどり着いて、窓から診察室をのぞいて、髪が真っ白で意識のないぼくを見て、さらに香先生がぼくをそんな状態にしたってことが君にわかったら……君だったら、何かしらの口実を作って診察室に入って、それとなく探ろうとするんじゃないだろうかって」
「真奈! あんた、まさかそれ……」
レイラが真奈の足を見る。……俺にも、その意味はわかった。
「鋭いわね……。まったくその通りよ。近くの木の幹を蹴って自分でこうしたの。どうせ有馬に乗れないならって思って」
真奈は、意外に素直にそれを認めた。
「ムチャしやがって……お前らしくもない」
俺は苦い顔をするしかない。
「私だって、誰かの役に立ちたくなることはあるわ」
「人を心配させてもか?」
まったく、とんでもない話だ。文句のひとつも言ってやりたくなる。
「……ま、いいじゃん。役に立ちたいって気持ちが一番大事なんだからさ。多少痛くったって、これは真奈なりの協力だったんだ。今回の一件は仲間みんなの力を合わせたから解決できた、あたしはそう思ってるよ」
が、レイラにそう言われ、俺も納得した。
研究室に乗り込んだ俺とレイラ。香が泰明を使って実験を始めるのを足止めしてくれた真奈。そして被害者の泰明も、レイラに鍵を渡して解決のきっかけを作ったことで、一種の功労者だと言えよう。もちろん、本人にとっちゃ災難なだけの話だが。
「仲間か……」
泰明がつぶやいた。
「そうだよ。それがどうかしたの?」
そのどこかせつなそうにも見える表情を、レイラがのぞき込む。
「……あの人には、仲間らしい仲間がいなかったみたいなんだ。いつか、そういう話をしてた」
あの人――それは、香のことだろう。
「泰明、そりゃあんたの同情引くために言っただけだよ。もっとも、人体実験なんかやろうってな人間だから、孤立してたってのも事実だろうけど」
「でもぼくには、彼女がぼくや弥生さんに見せた友好的な態度までが策略の一部だったとは、どうしても思えない」
「……とことんお人好しだね、あんたって」
いかに泰明の話でも、さすがに理解は示せないらしい。
「私も泰明くんの言うこと、わかる気がするわ」
すると、なんと真奈がそんなことを言い出した。
「お前……」
「だって、実験台が欲しいだけなら、車でも使って無差別に誘拐してきて、それから感染させるって方法が一番手っ取り早いじゃない。わざわざ泰明くんや弥生さんと仲よくなる手間は必要ないわ。でも、それでも香先生はそっちの方法を選んだ……。それは、そのプロセスを体験したかったからじゃないかしら」
「……なるほどな」
香のやったことは許されないが、哀れな話ではある。俺は重くそうつぶやいて、それだけで自分の複雑な気持ちを表現した。
そして、今さらながら考えてみる。
もし例の病気が発見されなかったら、香は本当に泰明や真奈に理解され、仲よくなれたのかもしれないな、と――。
ともかく、事件はすでに過去となった。
俺たちにできるのは、寂しい人間をこれ以上作らないようにすることだけだろう。
人と人との間にいるから「人間」。
人間たちの中にいるから「仲間」、なのだから。
仲間
(エンディング No.67)
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