あの女は、本当に泰明の恋人なのかもな。
俺はそう判断した。
確かにあいつのまわりにはいつもレイラがいるが、やつは単なる同期仲間だ。その他に恋人がいたっておかしくはない。
俺に会わせられないのは、おそらく立場上の問題か何かだろう。人妻だとか実はアイドルだとかいろんな説が浮かぶが、少なくとも壁越しに聞いた限りじゃ、彼女は泰明のことを真剣に心配している。泰明自身が納得のいく形だったら、俺がどうこう言うことじゃない。
あいつは、レイラの他に信じられる女を見つけたのだ。
野暮なことはしないでおいてやるか……。
そう思って俺は、壁の向こうを意識するのをやめた。

……しかし、泰明はいいが、俺はどうする?

やはり真奈にでも相談するべきか。
そうも考えたが、いざあいつに話すとなると、妙にためらう自分に気付いた。
俺が病気にかかったことを話したら、あいつは変わるだろうか。
俺を避けるようになったりはしないだろうか……。
不安だった。
それはさながら、心の拠りどころがレイラだけだった頃の泰明のように。

とりあえず、今日1日は慎重に様子を見とくか。
俺は思って、再びベッドに潜り込んだ。
……様子を見る、なんて言うと偉そうだが、本当のところを言えば、病気のせいであまり動きまわりたくなかっただけだった。
こうしてゆっくり寝てれば、体力も回復するだろう。そもそも、発病から1週間以内で死んじまったやつのほとんどは「どうせ死ぬなら」とやけになって暴れた連中だ。おとなしくしてれば、いずれ死ぬにしても1ヶ月くらいは持つ。
俺もそれを目指すことにした。有馬を勝って親父の喜ぶ顔を見れば、俺の人生に悔いはない。
明日になったら、毛糸の帽子でもかぶって、髪を染めるやつを買いに行こう。そいつでごまかして隠し通す。
そして、今週末にすべてを賭けるのだ――。

 

 

――ところが、騒ぎはその日の夜に起きた。

「僚! 僚ってば!」
誰かが部屋のドアを騒々しくノックしている。女だが、無視できない勢いだ。
俺は引き出しから大きなバンダナを出して髪全体を覆うと、仕方なくドアを開いた。
「僚!」
そこに立っていたのは、レイラだった。焦りで部屋に飛び込んできそうな表情だ。
「どうした」
「泰明が消えちゃったんだよ!」
「何……!?」
俺は一応驚いてみせたが、理由はわかっていた。きっと、あの恋人の家に隠れているのだ。
死期が近いなら、残りは自分の生きたいように生きるべきだ。泰明も納得の上で選んだ道だろう。それは、絶対に有馬まで生き延びてやるという俺の決意と、何ら変わることのない感情だ。
「今朝からずっと見かけないんだ。五十嵐先生も探してた。誰に聞いても知らないって……携帯鳴らしても出ないし……ねえ! これって……これってやっぱり、最近問題になってる行方不明なわけ!? どうしよう! あたし……」
「大丈夫だ。きっと無事でいるさ」
「無責任な慰めすんじゃないよ! とにかく、あんたも探すの手伝いな!」
レイラは強引に俺を部屋からひっぱり出した。
その直後――俺の後頭部で何かがはじけた感覚があった。慌てて結んだバンダナが緩んだのだ。
あっ、と思ったときにはもう遅かった。

「……僚! あんた……!!」
落ちたバンダナが床につくより早く、レイラが叫ぶ。
「ちょっと……さてはあんた、泰明について何か知ってるね! 話しな! 話さないとその頭、ばらすよ!」
――すごい直感だ。断りきれずに俺は、すべてを話すしかなかった。
泰明に相談したこと。やつも発病していたこと。そこへ正体不明の女が来て、やつを連れていこうとしていたこと……。

……!!
その話が終わる前に、俺はレイラに平手打ちを食らっていた。

「バカ!! なんでそんな大事なこと黙ってたんだよ! 怪しい女がいるってわかった時点で、なんであたしに言わなかったの! せめて会話を最後まで聞いてやるとか強引に部屋に踏み込むとかそいつらを尾行するとか……そもそも、怪しいとさえ思わなかったわけ!?」
「いや、ちょっとは思ったけど、人の恋路に横槍入れるなんて野暮だと思い直して……」
……俺は、半泣き状態のレイラに、もう一発ビンタをお見舞いされた。
「その女が今回の病気を流行らせた犯人だったらどうすんのさ! 野暮やったって命に別状ないけど、もしそうだったら……あいつ、モルモットにされて助からないかもしれないんだよ!」

そうだった。
俺は、そっちの危険性を考慮するべきだったのだ。
もし泰明に何かがあったら、もう取り返しはつかない――。

 

 

――そして、レイラの言う通りかそれとも女に隠されただけなのか真相はわからないが、このトレセンで泰明の姿を見ることは二度となかった。
残り少ない人生を、俺は後悔だらけで過ごすはめになってしまった。

なんで……。
なんで、もっと適切な選択ができなかったんだろう……。

 

 

後悔

(エンディング No.69)

キーワード……オ


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