あきらめよう……。
いたずらにあがいたところで、事態が好転するわけじゃない。
こうなった以上、しっかり公表し、無理せずに入院して療養するしかない。
俺にできるのは、死ぬまでに治療法が見つかると信じ続けることだけだ……。
……人間なんて、無力なもんだ。
つくづく、俺はそう感じた。
俺は入院生活に入った。
最初こそ、見舞いに来る親父や真奈や寺西先生が「大丈夫、絶対治る」なんて明らかに悲しみをこらえて笑うのに胸を痛めたり、自分が近々死ぬことに怯えたりしていたが、人間の「慣れ」ってのは恐ろしいもんで、週が後半に入る頃にはそんなのも消え、とことん無感情になっていた。
真奈は訳あってゴールドロマネスクから降板させられたらしいが、どうでもいい。
ウィローズブランチには俺の代わりにその真奈が乗ることになったが、どうでもいい。
俺の同期生がひとり行方不明になったらしいが、どうでもいい。
何もかも、どうでもいい。
どうせ、俺は死ぬのだ。
生まれたからには必ず死ぬ。
単に、その日が何十年後とかじゃなくて何日後かに変わっただけだ。
真奈を無感情だと笑っていた頃が、逆に笑えてくる。
ふたを開けてみりゃ、あいつの方がずっと感情豊かだったってわけか。
そんなのも、どうだっていい――。
……無気力は体力をも奪うのか、俺は自分でもわかるほどのスピードで衰えていった……。
有馬の日には、俺はもはや寝たきり状態だった。
動かない体に、動かない心。意識こそあっても、すでに死んでるようなものだ。
それでも職業ジョッキーの悲しい性か、有馬の結果は気になる。
今さらな気はしたが、俺は病室のテレビで観戦することにした。
テレビの中に、ウィローズブランチがいた。
その上に真奈が乗っている。
やつらはパドックを後にし、本馬場に入場してきたところだ。
『6番、ウィローズブランチ。今年のオークス馬です。馬体重456キロ、前回からの増減はなし。負担重量53キロ。鞍上は篠崎真奈騎手』
――その音声を聞いた直後だった。
不意に、無念さがとめどなくあふれてきたのだ――。
俺は……。
俺はなんで、こんなところにいるんだ。
俺は有馬に出たかった。
今でも出たくてたまらない。
出なきゃいけない。
俺は親父のために勝ちたかった。
今でも勝ちたくてたまらない。
勝たなきゃいけない……。
何日かぶりに感情が戻った俺は、これでもかというほど泣いた。
手が動かないので涙を拭うこともできず、画面が見えなくなった――。
そして、そんな状態のまま、レースの発走を待つことなく……。
――実にあっけなく、俺は永遠の眠りについた。
無念
(エンディング No.73)
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