亜希ちゃん――彼女のいろいろな感情を、ぼくは忘れない。
他の誰よりも事件を怖がり、恐れ、そのあまり狂乱していた。
親しい友人でさえ疑い、みんなと一緒にいるのを拒み――。
そんな態度のひとつひとつが、絡まるようにしてぼくの記憶に残っているのだ。
彼女は今、何をしているのだろう?
……なぜか、それが気になってしょうがなかった。
ぼくは博愛主義者なんかじゃないから、自分と無関係な人間が恐怖に震えてようが悲しんでようが、それほど神経過敏になるはずはないのに――。
……何か、彼女の現況を知る方法がないだろうか?
自分のひねくれた心を解釈しようとするのはやめて、ぼくはそれを考えた。
少しして、唐突に思い出した。
そうだ……確か可奈子ちゃんにもらった名刺があった。
彼女に連絡をすれば、亜希ちゃんのことはすぐわかるだろう。
ぼくはベッドから起き上がると、机の一番上の引き出しを開けた。
人からもらった物は、この中に入れておく習慣にしているのだ。
奥の方に、少し色褪せたピンクの名刺を見つけた。
そこには「渡瀬可奈子」の名前と、彼女の住所と電話番号がしっかり書かれている。
ぼくはそれを手に、電話をするために部屋を出ようとした。
――が、足が止まるまで2秒とかからなかった。
……そうだ。
もしぼくがここで可奈子ちゃんに電話をし、彼女に亜希ちゃんの現況を聞いたとしたら、可奈子ちゃんにも亜希ちゃんにもあの悲しい事件を思い出させてしまうのだ。
そんなことは、するべきではない。
それに――。
ぼくにはまだ、真理を探し出すという目的が残っている。
ひとつのこだわりなのだが、その目的を果たすまでは、他の女の子にプライベートな用事で電話なんかしたくない。
ぼくは名刺を再び引き出しの奥に封印すると、さっきと同じように、ベッドに寝そべった。
そして、また満月に視線を飛ばす。
……どんなに遠くても、真理は必ずこの月の下にいるはずだ。
もし今、何もすることがないなら、空を見上げてくれ。
ぼくも同じことをしているから――。
ぼくは真理に向けて、そんなテレパシーを送った。
そして、彼女がそれを受けてくれることを信じて、ずっとそのレモン色の輝きを見つめ続けた……。
終