春子さん――彼女は、何もしていないのに徳永一族の一員だというだけで殺された、ある意味で最も気の毒な人だ。
しかし、ヤクザである徳永一族は誰もが悪人の塊だった、と事件後に報道されていた。
春子さんだって、会社や財産が目的で香山さんと結婚した悪女だったかもしれないのだ。

ぼくは、気になっていた。
小林さんが最も憎み、殺してやりたいと思っていた人物――すなわち、今日子さんの両親を自殺に追い込んだ徳永一族の一員とは、本当は誰だったんだろう?

小林さんも言っていた通り、春子さんは違うだろう。
彼女は殺されたとき36歳だったそうだから、計算すると今日子さんの両親が自殺した当時は16歳。
いくら何でも、そんな少女がひとりで会社ひとつをつぶすほどの詐欺を働くわけはない。
すると、当然彼女以外の誰かということになる。

そいつは、今もこの世界のどこかにいるんだろうか?
一族の人が殺されたのも意に介さず、悪事を働きつつ悠々と暮らしているというのか?
……だとしたら、許せない話だ。常人の神経を持っていないと判断してもいいだろう。

ぼくは決めた。
この手でそいつを探し出し、すべてを暴いてやるのだ。
小林さんと今日子さんが激しく憎み、田中さんが探し求めて志半ばで倒れたそいつを。

 

 

年が明けると、ぼくは大阪のK商事にやってきた。香山さんの会社だ。
電話を入れ、面会を申し込むと、香山さんは快く承諾してくれた。
ぼくは彼にとって、春子さんを殺した犯人を見つけたという、ある種の恩人だったためだろう。

通された応接室には、あの懐かしい香山さんが座って待っていた。
髪はさらに薄くなり、わずかに残ったものも完全に白くなっている。
春子さんを殺されたことによるショックがあったせいかもしれないな、とぼくは思った。

「よう来てくれた。ほんで何や? うちで働きたい言うんなら大歓迎やで」
座るやいなや香山さんは、2年前と同じように就職の誘いをかけてきた。
内定が出てなかったため、ついそこで流されそうになったが、ぼくはそんな自分を抑えた。
「いえ、そういう用事ではありません。……実は、春子さんの徳永一族について話を聞かせていただきたいんです」
「徳永一族……? なんでまた君が、そないなことを?」
香山さんはいぶかしげな口調でつぶやき、ぼくを見た。
礼儀として、きちんと理由を話しておくべきだろう。

「2年前に『シュプール』で起きたあの事件は、まだ解決してないんです。確かに殺人犯だった小林さんは捕まりましたが、春子さんは今日子さんのご両親を自殺に追い込んだ張本人ではありませんでした。つまり、小林さんはかたきの相手を殺したわけではありません。第一、そのかたきが一族の誰であるかさえはっきりしていない……。一番悪い人、裁かれるべき人が、まだ裁かれてないんですよ。ぼくはそれが納得いかないんです」

ぼくが説明すると、香山さんは腕組みをしてつぶやいた。
「確かに君の言う通りやな。納得いかんのはわしも同じや。……せやけど、徳永の連中のことはもう忘れてくれへんか」
しかし彼は、意外にもそんなことを言った。
「忘れて……って、どうしてですか?」
何もせずに忘れることなど、できそうになかった。あの意地になる性格は相変わらずなのだ。
「今の徳永一族は、昔とは違うんや。春子がいなくなってから、まるで別人のように変わりよってな」
「変わった……って?」
が、何か事情がありそうだ。ぼくは彼の話に耳を傾けた。
「春子を殺されたんが、相当響いたんやろな。詐欺師の集団だった連中が、みんな改心したんや。自首するやつ、ボランティア始めよるやつ、貯め込んだ金を寄付するやつ、いろいろおる。もう悪いことはせえへんやろ。ほんでわしは、そういう更正を目指す連中には力を貸したりたいタチなんや」

……何だか拍子抜けだ。
もちろん、それはいいことなんだけど。

「それじゃ香山さん、今日子さんのご両親を自殺に追い込んだ張本人はいったい誰だったんでしょう。一族が全員改心したんなら、そのへんもわかっているはずですよね?」
ぼくがたずねると、香山さんは首を静かに横に振った。
「……それが、わからんかったんや。せやけど、春子の義兄に当たるやつが、記録にも残らんほどぎょうさん詐欺働いとったさかい、警察ではそいつやないかっちゅう結論が出たそうや」
「その人は今、どこで何を……?」
「自首しよったで。今頃は刑務所やないかいな」

……事件は解決した。
あっけない幕切れだが、問題がなくなったのだからそれまでだ。

しかし――まだ何かが引っかかる。
ぼくが感じていた未解決の謎は、春子さんの一族のことではなかったように思えてきたのだ。

が、もういくら考えても、新たな推理は浮かんでこなかった。

 

 

 

終 


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