可奈子ちゃん――不思議な女の子だった。
派手な恰好に、挑発するようなしゃべり方――。
それだけなら東京のあちこちに転がっているけど、彼女にはそんな外見から受ける印象を大きく覆す言動があったことを、ぼくは忘れていなかった。
それは、美樹本さんが消えてから表れ始めた。
彼が疑われたときにはヒステリーを起こし、彼が死体となって発見されたときには取り乱して泣いた彼女。
人の心が読めるわけじゃないぼくだから断言はできないが、少なくともあれは、あの旅行で初めて会った人に対する態度ではなかった。
可奈子ちゃんはひょっとして、あの旅行以前から美樹本さんと知り合いだったのではないだろうか?
……ぼくはそう思ったが、その考えには大きな問題点があった。
それはもちろん、美樹本さんが到着して談話室のソファーに座った後、彼も可奈子ちゃんも、互いに初めて会ったように自己紹介をしていたことだ。
ぼくの考えを押し通すと、あれは演技だったということになってしまう。
そんなことをしなければならなかった理由など、ぼくにはちょっと思いつかない。
ぼくはそれについて考えようと思ったが、上手くいかなかった。
――あの可奈子ちゃんの悲しみの瞳が脳裏に焼きつき、離れていかないのだ。
それはぼくの心に同じような感情の影を落としたが、おそらくそんなものは、彼女の悲しみの何分の1でもないだろう。
それを思うと余計に胸が痛み、何分の1かの分母の数字が少し小さくなったようだった。
……彼女は今、何をしているのだろう?
ぼくは無性に気になり、彼女の現況を知りたいと思った。
そして、ぼくにはそのための方法もある。
彼女にもらったあのピンクの名刺をまだ残してあるので、住所が変わっていない限りは連絡がつくのだ。
――しかし。
その名刺を引き出しから取り出したところで、ぼくはためらいを感じた。
あの『シュプール』で出会い、そこで名刺をもらったぼくが彼女に連絡をすれば、それは当然、彼女に事件のことを思い出させる結果となる。
彼女がどうして美樹本さんの死をあんなに悲しんだのかはわからないが、きっと何か大切な理由があったのだろう。
それをわざわざ思い出させるなんて、ひどく思いやりに欠ける行為だ。
引っかかるものを感じはしたが、結局ぼくは連絡するのをやめた。
それが、彼女のためでもあるのだ。
――が、ぼくのその決断は悲劇を生んでしまった。
3ヶ月後、彼女の自殺がニュースになったのだ……。
報道によると、2年前に恋人を亡くしてから心を閉ざし、何も手につかなくなっていた彼女は、ついに彼の後を追ってしまったということだ。
その「恋人」が誰なのかは報道されなかったが……。
亡くしたのが2年前ということと、彼女が発見された場所が自室のクローゼットの中だったことから、悲しい想像がついた。
しかし、それではなぜ彼らは、初めて会ったようなあんな演技をしなければならなかったのだろう?
……今となっては、その疑問に答えてくれる人はいない。
が、ぼくの心はそのことよりも、後悔ばかりであふれていた。
もし3ヶ月前、彼女に連絡をしていたらどうなっていただろう。
ぼくでは彼女の傷をいやせたかどうかはわからないが、こんなことが起きてしまった以上、なぜあのとき何もしなかったのだろう、とただ悔しかった。
やらないで後悔するよりは、やって後悔した方がいい――ぼくはそんな考えの持ち主だった。
なのにどうしてあのときは、その気持ちのかけらも浮かばなかったんだろう――。
過ぎたことだからしょうがない、と片づけるにはあまりにも大きすぎる荷物を抱え、ぼくは途方に暮れるばかりだった……。
終