伊勢で出会った彼女からの手紙
 伊勢志摩ツーリングに出かけたのは、僕が免許を取ってからまだ半年しか経っていない1994年のゴールデンウィークだった。東京から名古屋まで延々と続く高速道路にうんざりしながら走っていると、前方に低速走行するセローが見えた。
 スピードの出ないバイクとはいえ、あまりにものんびりしている。ハエが止まりそうとは言わないが、イアン・ソープに自転車をこがせたら追いつきそうなほど遅い。おまけに、乗っているライダーは、これからベンチプレスでも始めようかというくらい肩を怒らせ、ガチガチに力が入って凝り固まっている。一目で、初心者と分かった。どうやら若い女の子のようだ。「きっと免許取りたてなんだろうなあ」と、自分のことは棚に上げて思いつつ、チラチラとバックミラーで未練がましく様子をうかがいながら、それでもあまりにのろいペースに、彼女は程なく視界から消えてしまった。
伊良湖のフェリー乗り場
 そんな出来事も忘れかけた二日後、伊勢のとある観光名所で、見覚えのあるセローを発見した。ナンバープレートを確かめると、東京方面の地名が記されていた。セローのそばにいた若い女性に、「もしかして二日前に東名高速を走ってませんでした?」と聞いてみた。なんだか、「前に会ったことがありましたよね?」と声をかけるナンパみたいだが、決してそうではない(とも言えない)。
 彼女はちょっとびっくりした様子で、確かに二日前に東京から走ってきたという。僕は渥美半島の伊良湖からフェリーで鳥羽に渡ったが、彼女はぐるりと名古屋を回って来たそうだ。驚いたことに、彼女は1カ月ほど前に免許を取り、これが初めてのツーリングなのだ。いきなり最初にこんな遠くまで来るとは、勇気があると言うか、無謀と言うか…。
 初めはあからさまに警戒していた彼女も、しばらく話すと多少打ち解け、お互いに写真を撮って住所も交換した。
若い! SRXもノーマルに近い
 ああっ、バイクツーリングってスバラシイ! SRXに乗り始めてわずか半年でこんな出会いがあるなら、「これから先のバイクライフはバラ色に違いない」と思ったのだが、それがとんでもない勘違いだったことは、あれから十年経った今ではよく分かる。
◆   ◆   ◆
 そんな出会いの、その後はどうなったか。ロングツーリングから帰京してすぐ、彼女を撮った写真を送った。それから一週間ほど経ち、彼女から一通の手紙が届いた。ドキドキしながら封を切ると、中には某自動車メーカーのパンフレットと、「新車フェア」のお誘いが入っていた。

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