たった1kmのタンデムツーリング
 「ちょっと試運転に行くか?」。息子の表情が、ぱあっと明るくなる。「行く、行く。ヘルメット取って!」と手を伸ばす。ボディプロテクターを被せ、ジャケットを着せると小柄な女性ライダーのように見える。随分と大きくなったものだ。
 息子を初めてバイクに乗っけたのは、歩くのもままならない7カ月の時だった。FZ400のタンクにちょこんと座った姿は人形のようだった。それが今は自分でバイクを操れるようになったのだから光陰矢のごとし。オヤジはおじさんになるわけだ。
 リアシートに息子を乗せたSRXはそろそろとガレージを出る。人も車も殆ど通らない住宅街の裏道を、これまでより少し速く加速する。「怖くないか?」「ぜんぜんっ! キッズバイクで全開の方が速いよ」。フン、生意気なことを言う。
 川沿いのまっすぐな道をのんびりと走る。冬の陽は早くも傾き、向こう岸の空が茜色に染まり始めている。近所一周ツーリングを終えてガレージに帰還。「おとーさん、バイクってすごいね。空を見ながら走っていたら、気持ちよかった」。その言葉で、自分の中で少しばかり忘れかけていた感触が蘇ってきた。
 「おとーさん、この恩は一生忘れないよ」。息子よ、気持ちは分かるが、日本語の使い方が変だぞ。
晩秋のガレージ前
 このまま息子をバイクの道に引き込んでいいものか。楽しいからといってリスクを忘れてよいはずがない。大人が自制しなくて、どうするというのか。小さな後悔を胸に抱く私に、クランクケースがほのかに温まったSRXは、幸せそうに微笑んでいるように見えた。

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