伊勢神トンネル
 学生時代、なぜか肝試しがはやっていた。1988年夏。時代はバブルの真っ盛り。「黄色とぉ黒は勇ぅ気の知るし♪20〜4時間、闘え〜ますか♪」が鳴り響いていた。強烈な猛暑で汗で下宿の畳が濡れるほどだった。そんな折から男4人でよく、神霊スポットへ取り立ての免許で行った物だった。
 それは小学校3年生だっただろうか。マーチング・バンドに所属していた僕は夏休み中の合宿に入っていた。40日間の夏休みのうち35日ぐらいを合宿するという長いもの。それでもフルートを吹くのが好きだったから決して苦ではなかった。時々、夜の特訓といって、終身時間から3時間から4時間の深夜練習に呼び出されるのも、そのバンドでは「英雄!」だったから喜んで参加した。特訓がある日に呼び出されないのは「技術が未熟だから!」というのが指導員の常套句だった。
 そんな、特訓を終え、深夜2時ごろに宿舎の自分の部屋に戻った。15〜6人の大部屋で呼び出しがあるのはせいぜい2人。僕の部屋からは僕だけだったので、そーっと襖を明けて部屋に入った。不思議なことに部屋がいつもより明るい。明るいといっても明かりが点いているほどではない。足元が見える程度の状態だった。なぜか外はもっと明るかった。真夜中だというのに木々の葉っぱのいろさえ、はっきりと見て取れた。今にして思えば、あの晩は満月だったのかも知れない。合宿場は瀬戸内海の小島。月明かりでもなければ夜は星だけが輝く真っ暗闇なのだ。
 と、なにやら視線のようなものを感じて外を見た。そこには20歳ぐらいの女の人が立っていた。小学生の僕にとってはまば「ゆいばかりの」大人の女性だ。思わず見とれて、思わず目をそらし、目線の隅でその女性を見ていた。
 時間も時間。僕は布団に入りまもなく眠りについた。その女性のことをいつまで見ていたのか定かではない。翌朝目覚めて、昨夜の出来事を思い出し、そっと窓の外を眺めた。窓の外は既に夏のギラギラとした太陽が照り付けていた。昨夜のやんわりとしたやさしい感じがウソのようだった。
「誰なんだろう、昨日の人」
そうつぶやきながら改めて窓辺に目をやった。そう、この部屋は「2階」だった。
 こんな原体験を持つ僕は、肝試しが大嫌い。あの女性がまた来たらどうするっと、いつも心の中で呟いていた。でも、意気地なしと思われるのも癪なので、結局今日も、肝試しに来てしまった。今日の神霊スポットは愛知県でもあまりにも有名な「旧・伊勢神トンネル」跡である。
 いつもながらに、わいわいと車の中は喧しかった。「肝試しに行く」緊迫感のかけらも無く、
「今日も神霊スポットがひとつ消える」
と軽く考えていた。おりしも風が強い夏の夜。風が強いのに蒸し暑い、最悪の夜だった。
 国道153号線を長野に向かって車を走らせ、愛知県と長野県の県境近くで伊瀬神トンネルに続く旧道へと進路を取った。風は竹林を唸らせていた。ここまでくると男4人、それなりに君が悪い。さっきの元気は無くなり、車の中には、急坂と闘うエンジンの唸りと竹のうなりのハーモニーだけが満ち溢れるようになっていた。
 つづら折れの旧道をひたすら上り詰めて、あるコーナーを曲がるとドンっ!とトンネルは姿を現した。僕にはその入り口の石積に「4人の顔」を見つけた。
「ごめん、おれ、怖いわ!今日は止めよう。」
そう言った。有る1人が
「どうってこと無いって、どうせ幽霊なんていないんだから!」
と笑い飛ばすが、残る二人はいつもとは違い震えていた。それでも、
「通り抜けるだけだし、車の窓閉めれば・・・」
と進もうとしていた。と、僕の耳にささやきが聞こえた。
「ザワザワ!」
なんと言っているのかは聞こえない。しかし、明らかに何かを語りかけている。
「とっザワザワ・・・」
地獄のそこの誰かが搾り出しているかのような声がする。
「とおっザワザワ」
「ほんとだ!なんて言ってるんだ?」
もう1人にも聞こえたようだ。
「とおっる・・・な〜!」
「へっ?通るな!通るなって聞こえる。」
さらにもう1人がこう叫んだ。そうだ、確かにそう言っている。何物かが僕達に「通るな!」といっている。それもこの世のものとは思えない、おどろどろしい低い声。能天気な最後の1人は
「面白い。通るなといわれて通ったらどうなるか試してみよう。」
と言い出した。3人は顔を見合わせて、
「取り合えず今日はやめよう。この声は尋常じゃない。何か有る。今日は止めよう。」
そういって引き返す事にした。能天気はしぶしぶ従うことに成った。さすがに1人で歩いてトンネルを渡る勇気は無かったようだ。
 さて、このトンネル。既に廃止された旧道で、僕達のような肝試し以外に、通る人はいない。大きなバイパスが通っているのだ。途中の吉野屋で朝食を取り、コンビニで新聞を買った。いつもの癖で3面を開いた。事件事故は無いかいな?
「伊勢神トンネルで死亡事故!肝試しの学生同士がトンネル内で正面衝突し出火!」
2002.3.25