選手別応援歌の歴史
【発祥】
選手別応援歌の発祥は広島東洋カープである。演奏開始の時期については現在継続調査中であるが1978年または1979年と思われる。遅くとも1979年には存在が確認できている。(その後、C党さんから提供頂いた情報により1978年4月と分かりました) 選手別応援歌が最初に作られた選手は山本浩二である。山本浩二に引き続いて衣笠祥雄に応援歌が作られ、好評のためさらに他の選手へと拡大していった。
応援歌学会には、選手別応援歌誕生の経緯について以下のような情報がこれまでに寄せられている。
●先日、地元の番組でカープのトランペット演奏の変遷について取り上げられていました。もともとは、地元の楽団の人が「ここなら誰にも文句を言われずに練習できる!」と、始めたことだそうです。
打席前のファンファーレの演奏から始まったわけですが、そのうち観客には「それ、いい!」と好評になり、やがて現在のように発展したそうです。
(1999.1.15兄やんさん投稿)
●私の知る限りでは、彼らは山口県のI高校(商業?)の吹奏楽部のOBで、野球部の応援に使用していたコンバットを球場で披露(練習?)したのが事の起こりだそうです。
当時はバックスクリーン横のレフト側最下段(山本浩二後援会の横)に陣取り、最初は確か2名で演奏していた記憶があります。(その後、山本浩二後援会に入会したらしい)
(1999.1.18マサ@YBさん投稿)
なおトランペット応援自体についてはそれ以前から存在したようで、1978年の日本シリーズヤクルト-阪急において、ヤクルト応援団の「KOテーマ」が既に演奏されていたことが確認できている。トランペット応援の方の起源については調査中であるが、難航している。
【他球団への展開】
選手別応援歌による応援は好評で、ほどなく他球団でも取り入れるようになった。セ・リーグではまず読売、ヤクルト、阪神、中日が追随した。(各球団の使用開始時期については現時点では分からないままです、ご存じの方はご教示くだされば幸いです) セ・リーグのしんがりは大洋で、1983年から選手別応援歌を採用した。
パ・リーグへの展開はセ・リーグにやや遅れた。早かったのはロッテと阪急である。ロッテに関してはLeon Lee(1982年まで在籍)の応援歌の存在が確認できていることから(私信による)、少なくとも起源は1982年に遡る。また阪急の選手別応援歌の使用開始は以下のように1984年との情報が寄せられている。
●オリックスの前身の阪急ブレーブスの選手別応援歌が本格的に演奏されるようになったのは、私の記憶が確かなら1984年からだったと思います。それまでもトランペットを使った応援はあったのですが、曲が固定されるようになったのがこの年だったと思います。といっても曲は4曲だけで、福本用、簑田&松永用、ブーマー&水谷用、その他の選手用です。
(やる気あるか?青波さん投稿)
南海は1985年まで在籍のJ. Doyle、C. Nymanの応援歌が存在することから遅くとも1985年には選手別応援歌が使われていたと判断できる。ただし関東関西の双方で同時期に使用が開始されたかどうかは調査の余地がある。西武は1985年から使用開始であるが、ある程度の数の曲をストックしておいてその中から適宜選んで演奏する形のトランペット応援は前年の1984年には成立していた。(1982年の日本シリーズでは、すでにこのストック方式でのトランペット応援がなされていたことがその後分かった。1999.12.12柏人さんの投稿による) 近鉄は遅くとも1987年までに成立したようである(ヘラクリさん投稿)。ただし当時の本拠地の藤井寺球場が鳴り物禁止であったことから、選手別応援歌の普及はかならずしも順調でなかったものと思われる。12球団のトリは日本ハムである。ハムならトリでなく豚だろう、などといったダジャレはさておいて、日本ハムでは1989年の歌詞集の存在が確認できている(1999.1.17、ヒロシさん投稿)ので、遅くともこの年までに全球団に選手別応援歌が行き渡ったことが分かる。
【その後の展開】
「トランペットで選手固有の曲を吹く」という応援スタイルは、賛否両論ありながらも一定の支持を得ながら定着し、日本独自の応援文化を構築するに至った。その後の変化としては以下が挙げられる。
(1)メロディーのオリジナル化
初期の応援歌はメロディーだけ他から拝借してきて、それに独自の歌詞をつけるものが多かった。中日、ロッテなどではその傾向が特に強く見られた。
読売だけは最初からオリジナル路線であったが、 R. Smithと原辰徳(1作目)だけは替え歌である。
(2)曲の長小節化
4小節ではあまりにせわしないことから、8小節の応援歌が主流となっていった。またその後、5小節、6小節、9小節、12小節などの変則的な応援歌も生じている。8小節以外の応援歌は西武、横浜で多い。
【テープ/CDの発売】
選手別応援歌が広まると「応援歌のテープ/CDが欲しい」という声が上がってくるようになった。すでに1985年、読売が応援歌のテープを作成し販売している。読売には替え歌応援歌がほとんどなかったこと、ファン数が多いことから商業的条件としては最も恵まれており販売がしやすかったと思われるが、読売の成功から他の球団も倣うようになった。2000年現在、セリーグの全球団とパリーグのうちダイエー、近鉄(1999から)で応援歌CDが出版されている。1994年までは西武も出していたがその後はまったく販売されなくなった。ヤクルトは年によって出たり出なかったりがある模様。横浜は遅くとも1990年には出していた。
*テープ/CDの出版状況については、2001.2にRoy氏から完璧なリストを提供頂きました。こちらをご覧ください。(Royさんありがとうございました)
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