VI


意外に深い。





インドネシアのプログレッシヴ・ロック事情 PART 2
DISCUS, ANDY JULIASとの夜

正直な所、最近何がプログレで、何がプログレじゃない、なんてことがさっぱり判らない。本来そんなことはどーでも良いことだが、世の中には「プログレ愛好者」なんて偏屈な好事家もやっぱりいたりして、斯く言う私もそうであったりする。良い音楽は良い、それだけの事だが偏屈な好事家には「プログレ」のレッテルがあれば尚更食指をそそられるんだから、こう言う紹介の方法もあって良いんじゃないかと思う。
特にアジアのポップス、あるいはロックは「アジアンポップスの愛好家」という、ある意味別の「好事家」のみに嗜好されているきらいがないでもない。「プログレ」と言う切り口は「プログレ」という障壁を作ってしまうかもしれないが、同時に「アジアン・ポップス」という障壁を崩す試みでもある(ああ偉そう)。



さて、今回は注目すべきミュージシャンをクローズ・アップする形で進めたいと思う。というのは先般のインドネシア訪問の際、非常に貴重な体験をして来たからである。そう、何を隠そうこれはあのWEBの1コーナーの続編なのである。



■ 晩餐 - Andy Julias & DISCUS ■
2000年9月某日、私は業務で再びジャカルタを訪れることとなったのだが、今回はDISCUSのリーダー、Iwan Hasanには絶対会おう、と心に決めていた。いや、会うのは難しい事ではない。ジャカルタ南部の繁華街、BLOK-Mにある彼のCDショップ「Mats Art & Music Shop」に行けば良いだけの話し。本人の店で友人から頼まれたDISCUSのCDを買おうという魂胆である。同時に日本の友人の間で彼らの作品の評判が良い事を直接伝えたくもあった。

さて、ジャカルタに到着し早速インドネシアンロックの師匠であるRockind氏にコンタクトすると、これが意外な展開になっていたのである。

尻さん、実は先週Andy Julias(後述)とIwan Hasan誘ってメシ食おう、と言う話になってたんですけど、私の都合で延期になりまして、今週になったんです。よかったらJoinしません?

!!!

願ってもない話である。私は二つ返事でOKした。



●晩餐の夜−Andy Julias
会社の経費で出張に来ている身分とは言え、こんなチャンスはなかなかあるものではない。この日ばかりは上司に断って、そそくさと退社することにした。実際この夜のAndy Julias, Iwan Hasanとの出会いは非常に興味深く価値ある体験だった。以下、その時の模様を「うろ覚え」ながらも再現してみることにする。ちょっと酔いが回っていたので時系列に混乱があるかもしれないが、御容赦を・・・・

さて、約束の場所はジャカルタ南部の高級住宅街の一角にあるカフェ。渋滞で少々遅刻気味に到着すると、既にRockind氏ともう一人、安部譲二風の男が待っていた。この人がAndy Juliasらしい。 到着した私はまず、Rockind氏と挨拶を交わし、次にその前に座っている彼の人に声をかけた。

尻:「Andyさん?」
AN:「そうだよ。よろしくね。インドネシア語はOK?」
尻:「なんとか(笑)。こちらこそよろしく。」
Rockind:「彼(尻)はKrakatauのファンなんだ」
AN:「Krakatau!・・・そうそう、Iwan Hasanは後から遅れて来るよ。」
非常ににこやかで気さくな人だ。Rockind氏とAndyは既にインドネシアン・ロックのレア盤の事で話が弾んでいたらしく、私もおずおずと会話に加わった。



ここでAndy Juliasについて簡単に触れておこう。
Andyは現在ポップシンガーの作曲を手掛ける傍ら、FMラヂオ局
「M97FM」のミュージック・ディレクターとしても活躍している。M97FMは「Clasic Rock Station」の名の下に古き良きブリティッシュ・ロックやアメリカンロックを積極的に紹介するラヂオ・ステーションとして知られ、ジャカルタ在住の洋楽マニアにはたまらない存在である。特にAndy本人が担当する月曜夜9時からの番組は世界中の「プログレッシヴ・ロック」を無差別に放送すると言う、前代未聞の構成。例え曲が20分に及ぼうとも基本的にはカット無し。日本の某国営放送局もカット無しはやってくれるが、毎週プログレとは流石にいかない。世界的に見てもこんなの稀だと思う。
しかしなんでまた、そんな奇特な事が出来るのか?。勿論「M97FM」の寛容性もあるが同時にAndy自身のプログレッシヴ・ロックに対する造詣の深さこそがこんな事を可能にしているのだ。そう、何を隠そう、Andyは80年代唯一のインドネシアン・プログレ・グループ
「MAKARA」のドラマーその人だったのである。



AN:「・・・ところで尻は、どんなバンドが好きなの?」
尻:「いろいろあるけれど、イタリアのオザンナとか・・・」
AN:「ああ、オザンナね」
尻:「ヘンリーカウとか、ユニヴェルゼロとか、マグマとか」
AN:「うわあ、ヘンリーカウ!、凄いって評判だったから探しまくって、ようやく聴いて見たら・・・、アタマ痛かったよ。あれ(笑)。」

インドネシアではこうした音源を手に入れるのはかなり難しい。最近でこそ「ネット」で容易に手に入れられる様にはなってきたが、情報はやはり不足しており、それを考えるとAndyの知識は相当なものである。

AN:「そうそう、MAGMAについては面白い話があるんだ」
尻:「何?」
AN:「やっとの思いで手に入れた ”Mekanik Distruktive Kommandoh”をBudy Harjono(現GIGI、元Krakatau,Kalimata)に聴かせた事があるんだけど、彼の感想はこうだった。”Pokoknya Nggak Enak deh!”(兎に角、嫌な感じ!)」

・・・・一同爆笑。

尻:「そっかー、俺なんか、MAGMAの来日公演に合わせて帰国休暇の予定ずらしたぐらいなんだけど」
AN:「基本的にインドネシアで人気があるプログレ・バンドはやっぱりシンフォニック・ロックだよね。ジャズロックやアヴァンギャルドはあまり人気ないんだ。」
尻:「へー、そうなんだ。いやジャカルタに来て間もない頃、サバンのDuta Suara(CDショップ)でMari BoineのCDを見つけたんで、そこそこ人気あるのかと思っていたんだけど」
AN:「誰?」
尻:「Mari Boine。ノルウェイのラディカル・トラッドのミュージシャンだよ。」
AN:「Duta Suaraは品揃え良いよね」
尻:「Duta Suaraも良かったけれど、一番凄かったのはAquariusのポンドック・インダー店かな?」
AN:「ああ、あそこは俺の知り合いがやってたんだけれど、東南アジア一帯では最高のコレクションだったと思うよ。オーナー自ら、かなりマニアックにセレクトしていたからね」
尻:「ビル・フリゼールとかジョン・ゾーン、PFMのブートまで有ったもんね。98年の暴動で焼けちゃった時はホント、悲しかったよ」
AN:「そうだね。実はあの暴動で全焼した後、焼け残った在庫品を10枚一束ぐらいで投売りしたんだよ。」
尻:「うわあ、行けば良かった・・・」
AN:「でも、1回火の中くぐっているかも知れないし、聴けたものかどうか、わかならいよ(笑)。因みにそこのオーナー、又店を再建するらしいけれど、前みたいなセレクションになるかは約束できないって言ってたよ」
尻:「前みたいなセレクションになると良いね。俺はRockindさんほど根性も勇気も無いし・・・(笑)」
AN:「(笑)、そういえばRockind、"Abbhama Band"は何処で見つけたって言ってたっけ?」
Rockind:「あれはPasar Jatih Negaraで発掘したんだよ。(笑)」
尻:「俺は怖くてそんな所行けないよ・・・(笑)」
Rockind:「それにしてもAndy, 何であんな長尺の曲をラヂオでオン・エアできるの?この間のDevil Dollの20分ノーカットにはびっくりしたよ。」
AN:「Devil Dollね。Rockindが貸してくれたやつだよね。 へへへ、M97FMではなんでもできるのさ!この前なんて "コンセプト・アルバム特集"やったんだぜ!・・サージェント・ペパーズから始まって、ジェネシスの"Lamb Lies Down on Broadway”、アラン・パーソンズ等、全部ノーカットでかけちまったよ!わはははは!」



●Iwan Hasan 登場
話もいよいよ盛り上がってきた頃、Andyの携帯電話が鳴った。Iwan Hasanかららしい。

AN:「・・・IWAN HASANは15分ほどでつくそうだよ。」

彼の言った通り、ほぼ15分後
Iwan Hasan が現われた。想像していたのとは大分印象が違う。 DiscusのCDの写真では非常に繊細そうな感じがするが、実際の人物はかなり大柄である。分厚い眼鏡の奥にはある種独特の耀きをもつ眼がひかる。

AN:「彼がイワン・ハサンだよ」
IW:「こんばんは」
かなり太い声だ。
Rockind:「こんばんは、Iwan!」
尻:「初めましてIwan。会えて嬉しいよ。DiscusのCD、日本の友人達、特にこの手の音楽には耳の肥えた人達に聴かせたんだけれど、すごく好評だったよ。」
IW:「本当かい?」
尻:「本当だよ。プログレマニアの集まりが有って、そこで紹介したんだよ。この会を主催している人は ”美狂乱”の元メンバーなんだけれど、この人も”凄く洗練されてて良い”、って言ってたよ。」
IW&AN:「おー、美狂乱ね・・・」
AN:「日本のグループというと、前から知っていたのは"Novella"、"新月"、山本恭二・・・ぐらいかな、この間、Rockindからまた色々教えてもらったけどね。」
Rockind:「アウターリミッツとかね(笑)。」
IW:「日本だったら、俺はIl Berlioneの大ファンだよ。」
AN:「そうそう、IWAN、日本だと普通のレコード屋でもプログレってちゃんと置いてあるんだってよ!」 IW:「普通の?へえー・・・」
AN:「韓国もそうらしい。こことは大違いだよ。」
IW:「そういえば、尻はDISCUSのCD、何処で手に入れたの?」
尻:「Mats Art & Music。・・・君の店だよ。」
IW:「そりゃ、ありがとう!(笑)。」
AN:「今日,この後Disucusの練習があるんだ。よかったら見に行くかい?、Rockind、尻。」
Rockin&尻:「え、いいの?」
IW:「全然問題ないよ。」
AN:「丁度新曲も出来たところだしね。彼ら、10月にはアメリカで開催されるプログレフェスティバルに出る事になってるんだ。で、リハーサルを重ねているわけ。」
IW:「でもスポンサーがまだ決ってなくてね。アメリカまでは辿りつけるけれど、そのあとの移動手段をどうするか、頭が痛いところだよ。」
AN:「そんなんで、ツアーに出た後の彼らは逞しくなってるってわけさ。器材を自分で運ばなきゃならないからね(笑)。ここではRockミュージシャンはホントに儲からないってわけ。」



●Rockミュージシャンの台所
Rockind:「でもブーメラン(メタル系)なんかは随分売れてるよね」
AN:「確かに。逆にSLANKみたいなカリスマバンドは黙ってても売れる。”Slanker”なんて言葉があるように、宗教みたいなもんだよ。DEWA19なんていったら、もうそれどころじゃないよね。でもそうした例は極限られているよ。大概のロック・ミュージシャンはそんなわけで別に職をもっているんだ。Discusのメンバーだってそう。ここにいるイワンだって店を持ってるし、アント(Anto Praboe=サックス&フルート・プレイヤー)は先生だし、キキ(Kiki Caloh=ベーシスト)は銀行員だし。今度のアメリカ・ツアーだって、皆休暇をとって行くんだよ。」
IW:「日本ではどうなんだい? ロックミュージシャンは食っていけるのかい?」
Rockind:「同じだよ。一部の売れている人を除けば、全然金にならない。特にプログレ系はだめ。」
IW:「ベルリオーネなんかはどう?・・・プログレ系で儲かっている人っているの?」
尻:「うーん、誰だろう、難波博之くらいかな・・・」
Rockind:「いや、彼は純粋なプログレ・ミュージシャンとは言えないんじゃあ・・」
AN:「Mellowレコーズがもうちょっと、売りこみをやってくれれば少しは違うんだろうけれど。Mellowはそう言った面では消極的だよ。」
尻:「(Discusを)日本のレーベルから出したら少しは違うんじゃないかな。あのクオリティーだったら結構行けると思うけれど。」
Rockind:「うん、いいね。確かに売れると思うよ。」
尻:「キングかワールド・ディスク辺りから出せないかな・・・。でもどうやったらいいのかな。」
IW:「日本で出せたらいいね。実はセカンドアルバムのレーベル、まだ決めてないんだよ。」
Rockind:「セカンドは何時頃出来あがる予定なの?」
IW:「まあ、来年だね。1曲は出来てるけれど、後はアメリカ・ツアーから帰ってきてから作り始めるよ。」
AN:「・・・そう言えばオレ自身もMAKARA時代はなかなか金にならなくてね。別に仕事しながらバンドやってたんだよ。」
Rockind:「MAKARAといえば
"KLa Project"のADIが参加してたんだよね」
AN:「
ADIはオレの弟だよ。兄弟でやってたんだ。」
Rockind:「えー!!!!、弟なの!?」
Rockind氏、しばし絶句状態。
AN:「兄弟はいっぱいいるんでね(笑)。で、一度雑誌に載ったことがあって、写真もあったんだけど、それを偶然会社の秘書が見てて、俺の顔と見比べて目を白黒させてたよ(笑)。会社の連中にはバンドの事なんて全然いってなかったからね。」



●Andy Juliasによる「インドネシア・プログレ史」概略とIwan Hasanの「プログレ」初体験
AN:「・・・1980年代はプログレと言えば、ホント、Makaraだけだったんだよ。」
Rockind:「70年代にはいろいろあったよねえ。God Blessとか・・・」
AN:「うん、GODBLESSというのは、プログレってことだけじゃなくて、色んな意味で、インドネシア最初の本格的ロックバンドだったんだよ。勿論その前にも"ロック・バンド"はあったけれど、欧米のグループのコピーバンドでしかなかった。最初の"ロック・バンド"といえば勿論1960年代前半に現れた"Koes Plus"を忘れる事は出来ないよ。ロックが禁じられていた当時は投獄もされたし、ある意味パイオニアではあるんだけれども所詮はビートルズのコピーバンドだからね。で、1970年代に入って現われたのがAhmad Albar率いるGodblessだった。最初はオランダ人2人がいたから純粋なインドネシアのバンドとは言えなかったけれど、そのオランダ人のワーク・パーミットが切れて帰国した後、インドネシア人のミュージシャンが入って純粋なインドネシアのグループとなった。それで例のアルバム”Huma di Atas Bukit”が出来たってワケ。」
尻:「GODBLESSについては、よく"インドネシアのジェネシス"みたいな言われ方するんだけれども、実はその辺がよく判らないんだ。"Huma di Bukit"なんかはクリムゾンの"宮殿"みたいだな、と思ったんだけれど・・・」
AN:「へへへ、そうだね、まあ欧米のグループのいい所をちょっとづつ盗んだってかんじかな。で、時を同じくして、海外から帰ってきたGuruh SoekarnoputraやEros Djarotらが"Gipsy Band"を結成してこれが後の"Guruh Gipsy"になるんだ。尻はGuruh Gipsyは聴いたことあるのかい?」
尻:「Rockindさんから聴かせてもらったよ。あれは凄かった。」
AN:「で、他にもBarongs BandやAbbhama Band、Harry Roesli、Giant Stepsなんかが出ては来たんだけれど、結局大きな成功は得られなかった。この当時のメンツで未だにトップで頑張っているのはChrisyeぐらいかな。」
Rockind:「Giant Stepsの連中はどうなっちゃったの?」
AN:「皆実業家になったよ。80年代に入るとミュージシャンは、みなフュージョンに走ってしまった。で、Makaraなんだけれど、結局ジャカルタでは成功しなかったよね。」
尻:「最近はどう?DEWAなんか、かなりプログレ色が強いし、Andyがあんな番組やってるってことは、やっぱり盛りあがってるんじゃないかと、思ってるんだけど。」
AN:「アンダーグラウンドではそれなりに盛りあがってるのは事実だよ。大半はドリームシアタータイプで随分良いバンドもいる。でも結局売れないから表に上がってこないんだよ。」
Rockind:「そういう意味でもDISCUSには是非成功して欲しいよね。"プログレ"の認知度をあげる為にも。」
尻:「そうだよね。ところでIWAN、昔からプログレが好きだったの?」
IW:「最初に聴いたプログレっていうとEL&Pの"Ladys&Gentlemen"なんだけれど、これ特にプログレって意識して聴いてたわけじゃないんだ。というのはまだ小さい頃、従兄弟の家にこれがあって、大好きでね。子供向けの歌と区別しないで聴いてたんだ。勿論まだ小さかったからこれが"プログレ"だなんて知りもしなかったよ。で中学、高校と進むうちに色々聴くようになったんだ。まあ、兎に角音楽が好きで、挙句の果てにはわざわざアメリカまで勉強しに行ったと言うわけ。因みに妹も音楽が好きで今はハープ奏者になっているよ。」
尻:「アメリカ留学時代はどんな事勉強したの?」
IW:「いろいろやったよ。基礎理論やチェロ、現代音楽もやった。」
尻:「DISCUSの結成はアメリカから帰ってきてから?」
IW:「そうだよ。確か95年ごろかな?・・・で今に至るってな具合。」
そんなこんなで色々な話が弾む。このあいだにも、食事が運ばれて来たり、ビール飲んでたりで打ち解けた雰囲気ではあった。因みにRockind氏も色々興味深い話をしていたはずだったのだが、残念ながら記憶が曖昧である。やはり初対面であるせいか幾分緊張しており僅かな酔いも加わって、自分のことで精一杯だった。Rockindさん、御容赦!
AN:「・・・・いや、プログレ系のミュージシャンはほんと大変だよ。ジャカルタではライブも出来やしないんだから。Discusもそんな事情で、アメリカに発つ前にファンを集めてスタジオで公開練習をやることになってるんだ。」
Rockind:「なんとかしたいね。この状況。・・・さて食事も済んだし、そろそろ行きますか?」
AN&IW:「OK。」
Rockind:「ところでこれから練習する場所って何処なの?」
AN:「この近くだよ。取り敢えずオレの車について来て。」





■ DISCUS の 練習見学 ■
「取り敢えずついて来て」とのAndyの言葉に黙ってついて行くRockind氏と私。確かにこの辺りには練習スタヂオはある筈だが・・・。

住宅街の奥にどんどん入って行き、そこでAndyの車は停車した。

AN:「さあついたよ」
Andyは一軒の民家に我々を案内する。「民家」といっても相当デカい。そこへIwanの車がやってきて ガレージに入る。プジョーである。ここはどうやらIWANの家らしい。それにしても、なんでプジョーなんだ。それにこの家。うーん、お金持ちなんですねえ・・・。私とRockind氏はニヤニヤしながら顔を見合わせた。インドネシアではバンド小僧と言えば金持ちのボンボンと相場は決っているが、御多聞に漏れず。まあ、それは音楽の内容とは関係はない。逆にある程度お金が無いとそれなりの教育も受けられないし、豊富な音源に触れる機会もないのだから、ごく自然と言えば自然。

私とRockind氏はAndyに招かれて民家の2階に上がっていった。通された部屋はスタジオ風に改造されており、既にベーシストKIKIを除く全員が集まっていた。Andyが我々二人を「Discusのファンだよ」とメンバーに紹介してくれる。メンバー一人一人と握手を交わした後、Andy、Rockind、尻の3人は隣のモニター室に移動した。

AN:「ここで彼等は週1回集まって練習してるんだよ。9時から12時まで3時間。今はツアー前だから最低週2回かな。夜遅くまでやるもんだから翌日の仕事は眠くて大変みたいだよ。」
まあ、練習が終わって家に帰れば1時か2時といった感じだろう。日本人からすればそんなに「夜おそい」と言う感じはしないが、インドネシアの朝は早い。

ヴォーカリストのNonnieが「キキはどこ行っちゃたのよー?」と言っているのが聞こえる。残業なのだろうか。取り敢えずベースなしで練習は始められた。IWANが我々に向かってウインクをする。「まあ聞いてちょうだいよ」と言わんばかりだ。



始まった曲はメタル・クリムゾンを思わせるミドルテンポのヘヴィなリフの連続。1stには納められていなかった曲だ。メタル・リフから唐突にジャズ・ロックに移行した後、ブレーク、例のガムラン風キーボードが入り独特の雰囲気になってゆく。床に置かれたゴングを乱打するキーボードのFadhil Indra。彼は他にも民族楽器を操る。本当に器用だ。考えてみれば彼らの編成はドラム、ベース、ギター、といった基本楽器のほかに2人のキーボード、ヴァイオリン、サックス(管楽器全般)、女性ヴォーカル、とプログレッシヴ・ロック・バンドとしては理想的な編成である。

すかさずAndyが解説を入れる。

AN:「これがさっき言ってた新曲だよ。組曲形式で約20分ある。よりメタル風味を増した事でロック・ファンにも受け入れ易いし、エスニック・テイストはインドネシア人にも極自然に受け入れられる、というわけさ。」
Rockind:「他には新しい曲はないのかい?」
AN:「わはは、こういう複雑な曲はそんなにすぐにはできないよ。」
ブレークの後、曲はますますエスニックな様相を顕にし、やがてケチャ風のコーラス。ドラマーの鋭い掛け声と共に曲は再びヘヴィーなリフの連続へ。
ベースを欠いているのと、取り敢えず曲の全体構造の確認のためか、ド迫力の演奏とはいかないが、なかなか聴き応えがある。アンサンブルを固め、フルパワーで演奏すればDeus Ex Macchinaにも匹敵するかもしれない。

丁度1曲目が終わったころ、Kikiがひいひい言いながらやってきた。かなり疲れている様子。Kikiが"Stingray5"を取り出すと今度は1stの曲、「Fantasia Gemelantronique」だ。冒頭の「Lamentation」のパートは除かれている。何度聴いても良い曲である。こちらも知っている曲なのでつい乗ってしまう。Kikiはやはり疲れているのだろう、器用に指は動くものの眉をしかめながらの演奏である。



練習はまだまだ続くが、残念ながらこちらも明日の仕事を控えた身である。「Fantasia・・」が終わった所で失礼することにした。Iwanを始め、メンバー全員に礼を言い、Rockind氏と私はAndyに見送られIwanの家を後にする。帰り際もRockind氏とAndyはいろいろと親しげに話している。Rockind氏はM97FMに何度かゲスト出演しており、Andyとはかなり近い仲だ。・・・ちょっと羨ましかった。



さて、Discusはその後"Progdays"出演を含むアメリカツアーへと旅だったが、ProgDaysでの反応は上々だった様だ。会場で販売されたCDはソールドアウトだったらしい。2ndアルバムや今後の活躍に期待したい。
また今回このような貴重な機会を提供してくださったRockind氏には改めて感謝の意を表したい。
尚、冒頭で述べた様に本稿はRockind氏のWEB、"インドネシア・ロック・マニア”における「Andy Juliasとの夕べ」の続編となっているので是非そちらも御覧頂きたい。
インドネシア ロック マニア

またDiscusについては彼らのオフィシャル・サイトがあるのでこちらも参照していただきたい。
Virtual Discus

また今回またまたRockind氏からレア物の音源を頂いたがこの紹介に関しては機会を改めて(また宿題が出来てしまった)。


(この頁以上)










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