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Cell_雀 不定期コラム 第五弾!
 
Cell_雀のやれない会社、いらない会社 後編
 
 
 
 
 
 
 
前回に引き続いて、いろんな客先シリーズの続編です。
今回も、前回に勝るとも劣らない「奇妙さ」っぷりです。


ドキドキCクラブ © GEN MUTO

「Cell_雀のいらない会社」
 
 その会社は、某大手メーカーの百%出資の子会社で、親会社向けの金型を製作している製造メーカーです。またまた、営業と二人で、とあるシステムのデモンストレーションをしに、その会社を訪問したときのことでした。
 
 「でっけえーー!」
 門から、工場奥までを覗き込んだとき、向こう側がかすんで見えなかったところから、敷地面積が何万坪クラスであろうコトは容易に想像がつきました。でも、このクラスの製造業にありがちな、守衛室とか守衛さんが見当たりません。それどころか、工場は不気味な静けさです。
 「休みってことはないよなあ…」
 がら空きの駐車スペースに車を停め、事務室のある建物に向かいながら首をかしげてました。
 入り口の扉を開け中に入ると、がらんとしたスペースに、そこそこ立派な応接セットとガラスケースが置いてあり、サンプルの商品が陳列されていました。
 「受付もいないのね…」
 どうも、来客が少ない会社のようです。奥にある事務室に声をかけると、ひどくヒマそうな中年男性が顔を出しました。
 
 担当者のお名前を告げると、わざわざ階段を上って呼びに行ってくれます。(インターホン無いのかな…?)
階段を下りてやってきたのは、齢四十代前半と思しき中年の男性です。
 名刺交換をすると、この人が電算管理の責任者であることが分かりました。
 「こちらへどうぞ」
 そういって案内されたのは、サーバールーム隣に設置された簡易応接室です。
 西日の差し込む、応接室の大テーブルの上に機材を並べ、早速私はデモの準備に取り掛かりました。
 
 一時間ほどでシステムの概要と詳細機能を説明し終えるまで、彼は無言で静かに微笑みながら…ジッと耳を傾けてみえました。
 「以上です。何かご質問がありましたら、どうぞご遠慮なくおっしゃってください」
 私のその言葉を待っていたかのように、担当者は堰を切ったように話し始めました。しかも、その内容は先ほど説明したシステムの質問などではなく、自分の管理している社内システムの自慢話&苦労話をとうとうと語りだしたのです! 最初は笑顔で聞いていた我々も、途中からゲンナリしてきました。なにしろシステムの説明が一時間弱だったのに対し、その人の話はそれから延々と二時間以上続いたのです。窓の外もとっぷりと暮れて、真っ暗になってきました。ようやく話が終わりかけた頃、サーバールームのほうからなにやらメロディが流れてきます。
 「あれだよ! あれ! 画期的だよねー!」
 担当者さんの話によると、支店・工場に設置してある各サーバーと数時間おきにPINGを飛ばし合い、サーバーの状態を確認しているそうなんですが、サーバーがコケていなければ「エリーゼのために」のメロディが流れ、コケていれば「アラート」で警告するそうです…。(思わず、昔のパチンコ屋さんを思い出しちゃいました)
 「これが僕の、一番の自信作なんですよ!」
 満面に笑みを浮かべながら、説明をする担当者さんに苦笑いしながら、
 「それはそうだろうなあ…、よそじゃ、そんなこといちいちやってるヒマなんかないもんなあ…」
心の中でそう呟いていました。
 
 帰ろうとする私たちを、彼は自慢のサーバールームを見せたくてしょうがない! といった感じでわざわざご披露くださいました。応接室の隣りにガランと広がる巨大な空間を見て、私は思わず息を呑みました。
 「こ、ここ、お一人で使用されているのですか…?」
 名古屋の都心ならゆうに三十人はつっこまれるであろう広大なスペースに、大きな事務机一つとサーバーラックが並べられています。
 サーバーの設備もそれなりに立派なのですが、この圧倒的な広さの中ではかえって貧相に見えるほどです。
 「そう、普段は僕一人だね。ときどきCAD使いに設計がくるけど…」
 よくみると、室内にはルームランナーやら、ぶら下がり健康器やらの健康グッズや、完全に趣味の世界の本棚、奥には簡易キッチンやソファーまであります。
 「ここで寝泊りできそうだな…」
 完全に担当者さんの憩いの場と化しているではありませんか…。
 そのとき、終了を告げる六時のチャイムが工場内に鳴り響きました。
 「これね、このチャイムも、そのうちPC制御にしようと思ってるんですよ!」
 「この人なら、きっとやるだろう…」そう確信めいたものを感じながら、我々は客先を後にしたのでした。

 夜道を軽快に飛ばす社用車の窓から、夜景を眺めながら…、
 「あの会社にCell_雀はいらないな…、東風荘やってても全然怒られないな…」
そんなことを考えていました。そのとき、ふと思い出したのですが、
 「そういえば我々がいた四時間近くの間…、ついに一度も内線電話、鳴らなかったな…」
頭の中にサーバールームで聞いた「エリーゼのために」のメロディが反芻して流れていました。 
 

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