総本山【光明寺】は宗祖円光大師法然上人が43歳の時に
日本で最初に念仏の産声を上げられた立教開宗発祥の地とのことです。
承安五年〔1175〕、春三月に法然上人は浄土宗を開かれる修行の途中二十年前に粟生広谷の地の庄屋夫婦との約束を思い出されて、先ず この地に行かれて、
初めて念仏を唱えられたとの事です。

「光明寺」はその昔「念仏三昧院」と言われてました。
建久9年(1198)に熊谷蓮生法師〔熊谷次郎直実〕によって 
創建され、法然上人を開山第一世と仰ぐ。
先の建久4年、吉水の御庵室に法然上人を訪ね、
有難い教えを受け、直ちに弟子となり剃髪し法力房蓮生と
名付けられる。数年の間、上人に教えを受け、 
後に念仏三昧で余生を送りたいとの念願から、
今の「光明寺」の地に寺を立て、堅田の浮御堂の千体仏の
中尊仏である丈六の阿弥陀如来像(恵心僧都作)を迎えて
ご本尊とする。この時に上人より「念仏三昧院」の寺号を頂く。
これが「光明寺」の前身です。

第三世幸阿上人の代の建暦二年(1212)正月25日に 
法然上人が80歳で御入滅に成られました。  
入滅後、石棺を大谷から嵯峨、そして太秦の広隆寺へと
移した、あくる安貞二年正月二〇日の夜、上人の棺より
数条の光明が放たれ、麻生の野を照らすと言う不思議な事が
有ったので、同月25日に当地の移し荼毘に付し寺の裏山に
納骨し廟堂を建てる。
仁治三年(1242)正月9日、四条天皇より【光明寺】の寺額を 
賜ったので、【念仏三昧院】から【光明寺】に改名されました。

今の諸殿堂は応仁の乱、元亀天正の乱、そして、  
享保19年(1734)第29世龍空臥雲上人の代に火災を起こし、
主要な建造物は殆んど焼失し、その後に建築されたものです。

境内は17000坪、建物棟数は32棟を誇る大伽藍です。

【地図】

【写真】