
約1300年前の白鳳8年(679)に持統天皇(天武天皇の皇后)の
願いによって向日市寺戸に創建されたお寺です。
得のある願いのよって建てられた寺院,ゆえに「願徳寺」といいます。
当時は南北800m東西1300mに伽藍が有った大寺院です。
当時の本尊は薬師如来〔現在は太秦の広隆寺に安置〕でした。
中興の開山としては、平敦盛の子である小川法印忠快という人がおられます。
忠快和尚は東山三条の宝菩提院におられましたが,
後に宝菩提院と共に願徳寺に移られました。
平安から鎌倉時代にかけては,天台密教の秘法を行い,
穴太流や西山流を生み出した密教の大寺院でありました。
応仁のらんと信長の兵火によって諸堂ことごとく灰尽となり、
家康の加護を受けるも,昔の面影も無くなり,昭和に入って諸堂の荒廃が進み,
本尊及び諸仏は昭和37年に向日市寺戸より勝持寺〔花の寺〕に移動安置され,
本堂と庫裡は昭和48年にこの地に再建され,
平成8年12月に本尊及び諸仏が勝持寺より願徳寺に帰座されました。
本尊
如意輪観世音菩薩半跏像
〔国宝,平安前期,貞観時代,1200年ほど前・木造素地〕
薬師瑠璃光如来
〔重文,平安後期、藤原時代 900年ほど前,木造漆箔〕
青不動明王
〔絵所、貞綱の作 江戸時代〕
聖徳太子二歳像
〔京都府文化財、1290年ごろ,一遍上人没後一年か二年後〕
願徳寺では御住職が自ら,仏像の説明をしておられます。
良い仏像が揃ってました。