甲型巡洋艦 伊吹型(伊吹 鞍馬 那須 磐梯 六甲 石鎚 戸隠 黒姫 背振 乗蔵 剣 伊那)


 ロンドン海軍軍縮条約によって甲型巡洋艦の対米保有比率を6割に制限された日本海軍は、1933年に竣工した摩耶(高雄型4番艦)で保有量が一杯になり、それ以降甲型巡洋艦の建造を行なっていなかった。しかし、最古参の古鷹型や青葉型は合衆国の条約型巡洋艦に対して明らかに砲撃力が不足しており、実質的な戦力は妙高型と高雄型の計8隻に、15.5センチ砲を搭載して完成した最上型4隻、利根型4隻の計16隻と考えられていた。これでは総計18隻の重巡洋艦に加えて砲戦用の軽巡洋艦(ブルックリン型)10隻、計28隻の条約型巡洋艦を有する合衆国海軍に対抗することが難しいのではないか、という判断が下されており、1937年に条約が失効すると、古鷹型、青葉型の代艦として条約後に対応した甲型巡洋艦の建造が計画された。これが伊吹型である。

 しかし、排水量の関係から自艦搭載砲に対する対応防御を持たない条約型重巡洋艦に対しては三年式15.5センチ砲で対抗可能であり、その多用途性を考慮するとあまり使い勝手のある艦とは言い難かった。そのため設計も可能な限り短期間で行なうよう求められており、設計陣に配属された人員も少なかった事から、その基本艦型は最上型のものを流用することで設計が進められることになった。砲塔の配置もほぼ同じであるが、砲身長の違いから第一砲塔と第二砲塔の間隔は幾分広くなっている。また、通信能力をより強化する目的から、空中線をより長く取れるよう後檣を第四砲塔の直前に移設した。また、条約による排水量の制限がなくなったため、装甲は対8インチ砲弾防御とされ、それに比して船体もいくらか大型化している。このあたりの事情は合衆国のボルティモア級と同様である。この結果、排水量はそれまでの条約型巡洋艦を大きく上回り、基準排水量は15280トンになった。それに合わせて機関の出力も強化され、186000馬力の機関が搭載された。これによって速力は36ノットの発揮が可能となり、航続距離も巡航18ノットで10000海里に達した。兵装は高雄型や妙高型の第二次改装に準ずる物で、三年式五〇口径20.3センチ砲連装五基10門、九八式10センチ連装砲四基8門、四連装砲魚雷発射管四基を備えていた。また、航空機の威力の増大に合わせて、40ミリ四連装機銃が艦橋左右に四基、煙突左右に二基の計六基備えられていた。

 設計案がまとまったのは1939年末のことで、これをうけて1940年の第五時海軍艦艇補充計画で4隻の建造が計画された。また、その後策定された海軍艦艇戦時補充計画ではさらに8隻の建造が追加されたが、これは妙高型や高雄型の補充という位置付けであり、実際の建造順位は低いものだった。




新造時
基準排水量
14980t
公試排水量
18200t
全長
220m
全幅
21.5m
機関出力
158000hp
最大速力
35kt
航続力
10000海里/18kt
兵装
55口径20.3センチ連装砲5基
65口径10センチ連装高角砲4基


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