日本山岳会の分水嶺踏査に参加して(2)

〜果てしない分水嶺〜

平成16年〜17年 いずれも積雪期 同行者: 日本山岳会メンバー
 翌年、車でサポートしていただいたF氏に見送られながら歩きだした。ヒグラシ林道の周辺のどこもかしこも雪が煌いている。

 ヒグラシ林道は国道274号線から分水嶺に行くのには、最短のみちである。この周辺で名前がつけられている山は佐主岳という標高約500m程度の山であり、それでも近年登られているようだ。

 今回は山スキーをやめて、スノーシューの選択となった。スノーシューは山スキーとは違って下りは遅いものの、アップダウンが激しく藪だらけのこの分水嶺の踏査にはぴったりだろう。ただ、明日の分水嶺から離脱してからの林道歩きには、結構時間がかかるかもしれない。

 途中、本来なら左手の尾根にとりつく林道に入る分岐がわからず、そのまま直進し小沢に入り込んで貴重な時間をロスしてしまった。冬はどんなところでも歩くことができる可能性をもちつつも、逆に「道」がわからなくなるという側面も持っている。細かく地形図と照らし合わせることの大切さを感じた。

 森のなかの林道を歩いていくうちに、やがて分水嶺に辿りついた。これからが本番なのだ。
 最初穏やかな稜線も標高553m峰を登るあたりから斜面が急になりはじめた。H氏が延べているように「小日高」の様相を見せはじめた。雪庇は大きくなり尾根は細くなる。山スキーであればキックターンが難しいほどの狭さになってくる。山スキーなら相当に難儀しただろう。スノーシューだからこそほぼ直登できるのだ。それでも、細かくジグをきって登る。

 登りきるとやや平坦地が広がるところもあるが、今度は分水嶺がわかりずらい。やはり、支尾根が分岐していて、地形図では読み取れないのである。GPSを見ながら行きつ戻りつつしながら、分水嶺の屈曲点を探す。
 
 日は沈む夕刻となった。そろそろ、テン場を探さねばならない。けれども、明日の行程もけっこうな距離があり、できれば少しでも進んでおきたい。暗くなっても、かすかな光のもとで稜線を歩む。空に星が瞬きはじめる。

 植林された松林に抱かれてテントがある。風もなく月の光が冴え渡り余分なのは寒さだけだけどこれは致し方がない。チラチラと人家の光が届くけれど、考えてみればこの場所に人がきてテントを張るなんてかつてないことだろう。そう、夏の森林保守管理は別としても厳冬期のこのときに人が歩くなんてことはまずなかったはずだ。このこと自体が分水嶺踏査の醍醐味なのだ。月と星の光がおちてきている。

 翌日もすばらしい天気のなかでテン場を出発する。すぐ、目の前の痩せ尾根の直登だ。昨日の尾根より更に狭く傾斜がきつい。途中でスノーシュがはずれ、弱音を吐きそうになりながらようやっとピークに達すると目指す640m無名峰の姿がひとつ向こうに見えるではないか!

 昨年からこの日を待っていたのだ。青い空に控えめにピークが浮かびあがっている。

 無名峰からはあらゆるものの姿がその存在が目に映る。とくに、昨年歩いてきた稜線と昨日踏査した分水嶺が目のなかにズームアップして映る。そしてこれから歩く稜線が気にかかる。そして想う。人生のなかでこのピークにたてたこと、この山域ではまず稀なことであり、これが初めてで最後かもしれない。だから、どうしても、このときのこの眺めとこの思いをしっかりと焼きつけ、心に刻んでおきたい。

 この無名峰からの下りもまた、雪庇と藪に苦しめられる。雪庇の張り出しを歩くわけにはいかないので、藪のなかを進むしかない。
 午後2時頃にやっとチオボツナイ川の源頭のコルにつく。ここには夕張側と厚真側からの林道があり、ここで分水嶺から離れてあとはそのまま林道を歩いていくだけとなる。今回の目的とする分水嶺の踏査そのものは達成し、一息つくところでもある。
 ただ、これからこの道を歩くのだから、夕張側の国道に至るのは暗くなってからであろう。分水嶺踏査では、未知のエリアを歩くことばかりだから、暗闇のなかの「散策」には慣れてしまった(^^♪。
 もちろん、気を抜くことなく地形図とGPSをしっかりと活用する。
 地形図に載っている林道だからと油断すると、地形図には載っていない林道の分岐もあって間違ってしまうことがあるのだ。

 暗い林道歩きはやはり心細いものだ。それでも、遥か彼方に灯火が見えると気力が湧いてくる。エネルギーが復活してくる。あの灯は274号線の街灯に違いない。

 迎えにきてくれるF氏との待ち合わせ地点に着く。この二日間の行程はすべて終わったのだ。
車のヘッドライトが近づいてきた。これから入る温泉がとても楽しみである。

 それにしても、機会があるのならもう一度この途をたどってみたい。なぜなら、写真を一枚も撮っていないのだ・・・。(了)


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