マロングラッセ
「さて。お茶にしましょうか。」
会計室で、仕事を終えた後、七条さんが立ち上がってオレと西園寺さんに声をかけた。
もうすっかりお馴染みになってしまった、仕事の後のティータイム。
七条さんは、毎日いろんな紅茶やハーブティーを淹れてくれて、飲ませてくれる。
時々、お菓子なんかも用意してくれたりして。
申し訳ないなあ、と思いながらも、そのどれもこれもが美味しくて嬉しいから。
ついつい、図々しくもご相伴に預かっちゃうんだよね。
「はい!あ、オレも手伝いますよ。」
ファイルや書類を片付けながら立ち上がると、七条さんは掌を上げてやんわりとそれを
制止する。
「良いんですよ。伊藤くんはソファに座って待っていて下さい。今日は美味しいお菓子も
ご用意したんですよ。」
お菓子、という単語に西園寺さんがその綺麗な顔を顰めた。
西園寺さんは、甘いものは胸焼けがするから嫌いなんだって言ってたもんな。
「はい、どうぞ。」
西園寺さんとオレが座ったテーブルの前に、湯気のたつ紅茶のカップが置かれる。
「頂きます。」
ふわりと香る紅茶に口をつけて、ふうふう冷ましてから一口含む。
「今日は、お菓子が甘いものなので、ストレートのダージリンです。」
オレの隣に腰掛けて、紅茶のカップを手にしながら七条さんが教えてくれた。
「そんなに甘いものなんですか?」
何だろう、と興味をひかれて七条さんを見上げると、ちょっと待ってて下さいね、と言って
七条さんはソファから立ち上がり、冷蔵庫の上に置かれていた箱を運んできてテーブルの
上に置いた。
「これ、ですか?」
「はい。」
「臣。それは…、」
西園寺さんが、箱に書かれた文字を見て、さっきよりもっと眉を寄せて顔を顰めた。
オレには外国の文字で書かれたそれは、何て書いてあるのか分からない。
「そうです。マロングラッセですよ。」
「マロングラッセ…。」
って、あの栗を砂糖で固めたようなヤツだよな?
「私は帰る。」
西園寺さんがカップを置いて立ち上がった。
「おや、そうですか?それは残念ですね。」
「そんな甘ったるいものを目の前で食べられたら、こっちまで胸が悪くなる。」
「あ、あの、西園寺さん…っ、」
オレのために用意してくれたお菓子のせいで、西園寺さんの機嫌を損ねてしまった
んだ、と思うと申し訳なくてオレが立ち上がろうとするのを、七条さんが隣で宥めてくれる。
「良いんですよ、伊藤くん。郁は甘いものが苦手なんですから。もう仕事も終わったこと
ですし。」
カバンを手に扉へと向かう西園寺さんが、何かに気付いたように足を止めて振り向いて。
テーブルの上のマロングラッセとオレの顔を交互に見た。
「臣、まさかお前…、」
「はい、何ですか郁。」
にっこり、と極上の笑顔を浮かべる七条さんに、西園寺さんはやれやれ、といった感じで
呆れたように眉を潜めて。
「啓太。覚悟してそれを食べろよ。」
「は…?はぁ…。」
投げかけられた言葉の真意を理解できずに首を傾げるオレに、気の毒なことだ、と小さく
呟いた後、西園寺さんは会計室を出て行ってしまった。
「覚悟してって…、何のことでしょうか?」
「さあ?郁の気紛れな言動を気にしていては、身がもちませんよ。それより伊藤くん。ほら、
食べてみて下さい。」
腑に落ちない、と思いながらも七条さんが勧めてくれるマロングラッセに手を伸ばす。
せっかくオレのために用意してくれたんだもんな。
「頂きます。」
規則正しく並んでいる包みの1つを摘まんで、包装紙を破る。
中から出てきたその栗のお菓子は、つやつやと上品な艶に照らされていて。
思い切ってまるごとはぐ、と口の中に放りこめば、バニラの香りがふわりと一瞬。
もぐもぐもぐ……。
………。
う……っ!
「あ、甘…い…っ、」
口に含んだそれは、もうとてつもなく甘ったるくて。
例え、砂糖の塊を口の中に放り込んでも、ここまで甘くはないだろうと思う。
口中に広がる頭が痛くなりそうなほどの濃厚な甘さに、さすがに甘いものが好きな
オレも顔を顰めた。
そんな様子に七条さんはおやおや、といった感じで片眉を上げて。
「伊藤くんは甘いの好きでしょう?」
「好きですけど…っ、ここまで甘いのはちょっと…、」
申し訳ないと思いつつも、そんな感想を漏らして紅茶のカップに手を伸ばすオレの様子に
七条さんはふふ、と笑って。
「マロングラッセには、ちょっとした逸話がありましてね。」
「逸話、ですか?」
紅茶を飲み干して漸く一心地ついたオレに、七条さんが、聞きたいですか?と少し
いたずらっ子みたいな表情で訪ねるから。
オレは素直にこくり、と頷いた。
七条さんの話はいつも、西園寺さんほどじゃないけれどちょっと難しくて、けれど勉強に
なるし面白い。
「アレキサンダー大王を知っていますか?」
「えっと、ヨーロッパの英雄…、ですよね?」
こないだの世界史の授業に出てきたので、覚えていた。
何をした人かは、ちょっと今は思い出せないけれど。
「そうです。このマロングラッセは、そのヨーロッパの英雄アレキサンダー大王が、
最愛の妻ロクサネー妃に贈ったお菓子とされていて、ヨーロッパでは男性から
女性にこのマロングラッセを贈って、永遠の愛を誓うそうですよ。」
「へ、へぇー…、知りませんでした。そう、なんですか…。」
そう答えるオレの顔は、きっとイチゴみたいに真っ赤になっているに違いない。
だって、気付いてしまったから。
七条さんがオレを優しく見つめる視線に含まれた意味と、マロングラッセを用意した
七条さんの思惑に。
「あ…っ、あの、七条さん…、あんまり見ないで下さい…っ、」
横っ面に受ける七条さんの視線に耐え切れなくなって、俯いて小さく訴える。
「おや、どうしてですか?可愛い恋人の顔を見つめていたいと思うのは、当然のことで
しょう?」
「う〜……っ、」
さらりと恥ずかしいセリフを告げられて、オレはさらに赤面して小さく縮こまるしかない。
七条さんが、テーブルの上の箱からマロングラッセを1つとって、包みを剥いた。
「伊藤くん。僕の愛を受け取って頂けますか?」
オレの目の前に差し出されたそのキャラメル色の塊の、ほのかなバニラの香。
これは、つまり。
「キミへの永遠の愛を、誓わせて下さい。」
恥ずかしくて、手で受け取ろうと指を伸ばすと、悲しそうな顔をされて。
顔中に血が昇って熱くなるのを感じながら。
オレは、唇を寄せて七条さんの手から、そのマロングラッセを頬張った。
「………っ、」
甘い……っ。
眉を顰めて口元を押さえるオレを見て、七条さんは嬉しそうに微笑んで。
「有難う伊藤くん。ずっとずっと、一生キミを愛し続けますからね。もう1つどうですか?」
再び箱の中身に手を伸ばしかけた七条さんの制服の袖を引っ張って、必死にふるふると
首を横に振ってそれを止める。
「いえ…っ、もう充分です……、」
「そうですか?残念ですね。僕のキミへの愛は、いくら誓っても誓い足りないくらいなのに。」
七条さんが、そっとオレの肩を抱き寄せて、その腕に閉じ込めるように抱き締めてくれる。
「伊藤くん。甘いのは嫌い、ですか?」
七条さんが耳元で囁いて笑うから。
口中に広がるマロングラッセと。
七条さんの囁く声の、髪を撫でる指の、見つめてくる瞳の、溶けそうなくらいの笑顔の。
眩暈いしそうなほどの甘ったるさを噛み締めながら。
オレは目を閉じて小さく呟いた。
「…大好き、です…。」
END
2004.01.03
YUMU.SAIKI
甘ーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!
甘いものづくめで啓太を翻弄する七条さん!!!
マロングラッセも声も瞳も言葉も笑顔も全部甘い!!!!(≧▽≦)
啓太くんメロメロ。それ以上にメロメロなのは七条さんなのですが(笑)
会社で得意先に頂いたマロングラッセにこの逸話が書いてあったので、
「これは!!!!!」と思って即興で思いついたネタを書いてみました。
(会社でまでナニ考えてるんだよ)
甘すぎてごめんなさいね(笑)
だって七啓なんだもん☆(死)
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