いるかちゃんヨロシク妄想話

お題「その2」 『PLAY BACK』(後編)

6.眼鏡

コン コン

「失礼します」

根津美男の後につづいて、春海は校長室に入った。


「君か、根津君のお眼鏡にかなったというのは・・・」

園田校長は、春海の顔をまじまじと見た。

「・・・なるほど、成績優秀、眉目秀麗
 君が生徒会の役員として活躍してくれれば、我が里見学習院の名もあがる」

口の端を上げ、満足げに目を細めた。


「では、生徒会役員として正式に承認していただけますか?」

根津が、控えめに申し出た。

「うむ」

「よろしくお願い致します」

春海は深々と頭を下げた。



「ところで、根津君、東条巧巳のことだが・・・」

(東条巧巳・・・!!)

春海の眉がピクリと動いた。



「最近、また学校に出てきてるようじゃないか
 留年させれば自分から退学するだろうとふんでいたんだが・・・」

「はっ それが、妙な噂がありまして・・・
 同じクラス――――1年1組の如月いるかとつきあっていて
 彼女に会うために学校に来るようになったと・・・」

春海は思わず吹き出しそうになったが、なんとかこらえた。



「――――如月いるか? 何者だ?」

「はい、新顔組の女子で詳しいことは・・・」

「まあ、いい ん・・・ これは、使えるかもしれん」

「と、いいますと?」

「東条巧巳とその女が校内で不純異性交遊すれば、今度こそ即退学処分だ」

園田校長と根津は、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。

「なるほど、さすが園田校長
 山本くん、君は確かとなりのクラスだったね
 あのふたりに何かあったらすぐに報告してくれたまえ」

「はい・・・」

(何かあるわけねーだろっ!! ったく とんでもねー校長と会長だぜっ)

春海は、冷静沈着を装いながらも、心の中では怒りに燃えていた。


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7.意外

「あっ そーだっ 忘れてた」

いるかは、鞄から自宅のカギを取り出した。

両親は明後日まで出張、ばあやは休暇をとっていたのだ。



(こんな時にひとりだなんて・・・)



巧巳に襲われたショックで、いるかはかなり落ち込んでいた。

玄関のドアを開けようとしたその時――――



ガバッ



いきなり後ろから抱きつかれた。



「きゃああ!」



――――意外だった

いるかがこんな反応を見せるなんて・・・



彼女は小さくうずくまり、おびえるように震えていた。



「――――いるか、俺だよ」

いるかが顔を上げると、そこにいたのは春海だった。



「なんだ、春海か・・・」

ほっとした表情で、ゆっくりと立ち上がる。

「なんだとはごあいさつだなっ それが久しぶりに会う彼氏に言うセリフか?」

ちょっといじけた口ぶりで、春海はお土産に買ってきたケーキの箱をわたした。

「あっ ありがと・・・ ごめん、あたし ぼーっとしてて びっくりしちゃって
 ・・・さっ 入って」

いるかは玄関のドアを開けると、どこか落ち着かない様子で、さっさと家にあがった。

(変だな・・・ こいつの場合、ぼーっとしてたんならなおのこと投げ飛ばす方がフツーなのに)

いつもと違ういるかの態度に首をひねりながら、春海は家に入っていった。


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8.犬

「今日は早く帰れたんだ」

いるかは紅茶の入ったカップをテーブルに置いた。

「ああ、園田校長に挨拶に行っただけだから」

春海は、いるかの部屋で制服のジャケットを脱ぎ、ネクタイをゆるめた。

自分の家にいるように、すっかりくつろいでいる。

「根津会長ってさ、ほかの生徒の前じゃエラソーにしてるけど校長の言いなりでさ
 ご機嫌ばっか気にしてシッポ振ってる犬みたいなもんだったぜ」



『山本なんざ、学校側に洗脳されるのも時間の問題さ 役員どもみたいな冷血漢になりさがるのもな!』



巧巳の言葉がいるかの頭の中によみがえる。



「じゃ・・・ 春海もそうなっちゃうの?」

「あのなあ、前に言っただろ? 俺は東条巧巳のこと調べたくて――――」



パリーン



いるかは、持っていたケーキ皿を落としてしまった。

「いたっ!」

慌てて拾おうとしたが、割れたお皿で指先を傷つけてしまう。

「おい、大丈夫か?」

春海がいるかの手をとろうとした瞬間、彼女はパッと両手を後ろに隠した。



「だっ 大丈夫 たいしたことないから ・・・バンソーコはってくる」

ひきつった笑顔でそのままドアのところまで後ずさりし、部屋を出て行ってしまった。

(なんだ? あいつ・・・ もしかして俺を避けてる? まさか・・・ね・・・)

いるかがドジなのは今にはじまったことではないが、ケガの手当てはいつも春海がしていた。

(バンソーコなら俺がはってやるのにな・・・)



なぜか急によそよそしくなったいるかの態度に、春海は胸が痛んだ。



(そういえば、ここんとこ忙しくて学校でも会えなかったよな
 やっぱ・・・少しでも離れてたりすると ダメなんだろうか
 そんな・・・ うすっぺらいもんじゃねえよな 俺たち)

真っ二つに割れたお皿をかたづけながら、春海は漠然とした不安におそわれた。


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9.友達

「あいつ、何やってんだか・・・」

いるかは、なかなか戻ってこない。

春海は、様子を見に行こうとドアを開けた。

「わっ!」

今まさに部屋へ入ろうとしていたいるかは、よろけて春海の胸に倒れこんだ。

「おっと・・・っ」

春海は、彼女の小さな体を受けとめると、両腕でそっと包み込む。

「大丈夫か?」

「あっ うん・・・ 平気」



(春海の腕の中って、なんだかほっとする・・・)



いるかは、ゆっくりと彼の背中に腕をまわした。



「――――倉鹿にいた頃に戻りたいな・・・」

「いるか・・・? 何かあったのか?」



ピクッ



一瞬、彼女の体がこわばったのを、春海は見逃さなかった。



「――――何もないよ・・・」

いるかは、逃げるように春海の腕を解いた。

(何もないわけないだろう・・・だけど――――)

あまり問い詰めない方がいいかな、と春海は思った。



「いるか・・・ 明日、クラスの友達におまえのことちゃんと紹介するよ
 ――――俺の彼女だって」

「何で・・・?」

「別に今まで隠してたワケじゃねーけどさ、修学院にいた時みたいに
 みんな、俺たちが付き合ってるって知らないから」



『同じ中学出身の友達』



そんな風にしかクラスメートには話していなかった。



春海も。



いるかも。



「明日から、昼休みは一緒にメシ食おうぜ 帰りも待ち合わせしてさ――――」

「もう、遅いよ・・・」



自分でも思いがけず口をついて出てしまった言葉に気づき

いるかは慌てて口元に手をやった。


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10.ストップウォッチ

「遅いってどういうことだよ?
 ・・・いるか、そのアザ、どうしたんだ・・・?」

制服の袖口から覗く細い手首に、巧巳に掴まれた跡が残っていた。

それは、いるかが初めて男の力に敵わなかった屈辱の証――――



「・・・・・・」



(いるか・・・俺に言えないことなのか・・・?)



心の中のストップウォッチが沈黙の時を刻む――――



春海の端整な顔が苦悶の表情を浮かべている。



春海がこんなに悲しそうな顔するなんて・・・ 泣きそうなくらい

倉鹿で別れた時と同じ・・・

手を伸ばせば春海に届くのに

なのに、あたしは列車に乗ってどんどん遠ざかっていくみたい・・・



――――あの時のように



春海が巧巳とのこと知ったら

あたしたち、これからどうなっていくのか分からないけど

このまま何も言わずに、何もなかったようになんて、できないよね。



いるかは、大きな瞳をまっすぐ春海に向けた。



「東条巧巳に好きだって言われた」

「いるか・・・!」

「だまって聞いて!」

「春海と別れろって言われて、押し倒されて・・・キス――――」

「いるか・・・! もういい、もうそれ以上何も言うなっ」



春海は、いるかをしっかりと抱きしめた。



「ごめん・・・肝心な時にそばにいてやれなくて・・・
俺はさ・・・ 東条さんのこと・・・ 憧れてたし
野球では負けたけど、おまえだけは絶対にわたさない」

熱っぽいまなざしで、じっと彼女を見つめる。

「いるか、好きだよ 何があっても・・・ これからもずっと・・・」

「あたしも、春海が好き・・・」



ふたりの視線が絡み合う。

どちらともなく引き寄せられ、唇を重ねた。

我を忘れて貪るように、お互いを確かめ合う――――



長いキスから解放され、いるかは大きく息を吸った。

春海は、うつむく彼女の顎に手をのばし、くいっと上をむかせる。

彼の親指が、おもむろに濡れた唇をなぞった。



もう二度とほかの男に触れさせやしないぜ

いるか・・・ おまえは俺だけのもの――――



「俺・・・ 帰るよ」

「春海?」



「今の俺は何をするか分からない」



「――――いいよ 春海なら・・・」



恋人たちの時間が始まった。



「いるか・・・愛してるよ・・・」



(完)


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あとがき

いるかちゃんヨロシクを『りぼん』で読んでいたのは、もう20年以上前のこと。

毎月りぼんを買い、友達といるヨロ談義に花を咲かせておりました。

でもね、正直言うと、コミックは4巻までしか揃えてなかったんですね。

中学生だった私にとって、いるヨロの高校生編はちょっと難しかったかな?

少ないおこずかいの中で、りぼんで一度読んだ漫画を単行本も買おうと思ったのは

倉鹿編まででした。

最近になって、いるヨロが文庫化されたのを知った私は、さっそく購入。

そして、愕然としました。

春海の「明けがらす・・・か」から始まる告白&キスシーン

まったく記憶にございませんでした。

最終回で、いるかが「世界で一番好き」っていう場面も

全然おぼえてないんです。

そんなバカな・・・ いくらコミックを買ってなかったとはいえ

りぼんで読んだはずなのに

こんな重要なクライマックスを忘れるなんて・・・



あーあ 私も歳かしら?



前置きが長ーくなってしまいました。

あとがきまで読んでいただき、ありがとうございます。

前回、お題その1に挑戦した時は、とにかく強くてカッコイイいるかちゃんを書こう!

ってことで、春海の方は、さんざん振り回されて終わっちゃった。

じゃあ、今回お題その2は、クールでカッコイイ春クンにしよう!

と思ったのですが・・・

高校生編を読むと、春海はいるかちゃんを無視したり、巧巳とのキスを目撃した時も

なんとまあ冷淡な態度であらしゃいますことっ!

なんだかなぁ

薄情で、しかも自分でカッコつけてるから、クールでカッコイイ春クンはボツ決定。



いるかちゃんは春海と同じ高校に合格できて、ルンルン気分(死語)のはずなのに

倉鹿時代に比べるとパワーダウン。

里見でもスーパースターぶりを発揮しまくりの春海と

新しいガッコに馴染めないいるかとの隔たりが切なかったな・・・



切ないといえば、巧巳くん。

昔は、巧巳といるかのキスシーンに『うわあぁぁぁ』と思っただけですが

今読み返してみると、砂浜で転んだいるかに手を差し伸べる巧巳

足をひねったのかと心配して、大丈夫だと分かると心底ホッとした様子の巧巳が

ああ、いるかちゃんのこと、ホントに好きなんだなーと感じられます。

そして、彼女が眩しかったんだろうなあ

思わず触れてみたくなって、キスしちゃうんだけど・・・

これは、私の妄想ですが、

巧巳はキスした後、『好きだ』って言いたかったんじゃないかな?

でも、彼女の口から出た言葉は「春海」

彼女の瞳に映っていたのは、春海。

巧巳ぃ、あんたって 悲しいくらい間が悪いんだぁ〜



そして、この出来事は

いるヨロ高校生編の物語前半を示唆するようにも思えました。



春海は、一人で先に走って行ってしまい

いるかがつまづいたことにも気づかずにいる。



そりゃー春海はエリートコースまっしぐらで

いるかちゃんよりずーっと先に行ってしまうこともあるかもしれないけど

いるかちゃんに何かあったら、転んで倒れていたら

まっ先に駆け寄って助けてほしいじゃんっ!

巧巳より前にさっ!



そんなワケで、春海への私からのミッションは

『いるかと共に悩め』

ということにしたのだ。



話は前後するけど、いるかが巧巳に襲われた後、春海の家で彼の帰りを待つひとコマ。

電車の中でドキンドキンするところが女の子ってカンジで

いるかちゃん、いつの間にか女らしくなったね。

腕時計見たりして、かなり長い間待ってたようですが

この時、結局春海に会えなくて・・・

ったく、春海のヤツどこほっつき歩いてんだか、このスカタン!

と言ってやりたいところですが、まあ正美ちゃんと会うための演出ということで・・・



だけど、考えてみたら

もし、もしも、ここで春海に会えたとして、いるかが

「あたし、巧巳に押し倒されちゃったの」

と、すんなり言えるかな?

いや〜、いるかの性格じゃ言えないよなあ・・・

そして、春海が、いるかが巧巳に襲われたコトを知ったらどうする?

うーん、よぉーし! 書くぞぉ!!



こうして妄想話が生まれました。



最終話より長ーい『あとがき』までおつきあい下さり、ありがとうございました。



さーて、次回は



この後のふたり・・・ じゃなくて、全く別のパラレルワールドを妄想中です。



2007.6.5 さき


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