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その時に夢中になっていることや本、詩、CDのことなど。

Peanutは私の大好物なのです。このページは好きなこと、楽しかったことなどをうらうら書いています。

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<ブギーその2> 2004年 4月23日
<ブギーその1> 2004年 3月29日
<REFLECTIONS> 2001年 5月9日
<手紙> 2001年 3月22日
<詩 「落ちこぼれ」> 2001年 1月17日
<らーめん投稿> 2000年 9月8日
<らーめん> 2000年 7月25日

<何とかの法則> 2000年 7月19日
<永遠の借り物> 2000年 6月27
<アンプ制作> 2000年 5月17日

<真空管>  2000年 5月13日

<模様替え> 2000年 5月12日






<模様替え>2000年 5月12日

 この4月から5月にかけては、コンサートやレコーディングなどで忙しい時期でしたが、その中で私は何度模様替えをしたかわかりません。実際には5回くらいかな?模様替えをした場所は我が家の小さな小さなスタジオです。

 この大きな(BODYが)私が小さなスタジオにこもって作詞、作曲、アレンジなどをしているわけです。さあ作曲に取り掛かろうとすると、PCのモニターはこっちの方が良いのでは?と思いたったり、アンプのつまみはこのへんの位置にくるのが良いなとか、やってしまうわけです。多分2〜3時間は平気にかかっていると思います。そしてこれだな!と納得がゆく環境になるとやっと音を出し始めるという感じなのです。多分気がかりなものを最小限にしたいのだと思いますが・・、結構やっかいな性格かもしれません。

 掃除をしようとすると模様替えになってしまうそんな性格の私です。
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<真空管>2000年 5月13日

 今年の衝撃的な出会いといえば「真空管」との出会いです。(再会といった方が性格かな?)それはCD「HEAVENLY」をレコーディング中のスタジオでの事、エンジニアのジョージさんが作ったキットの真空管アンプの音を聞いたときに「アリャ!良い音だ」と思ってしまったのです。

 なんといえばよいのか、その昔、東京の阿佐ヶ谷北4丁目の3畳一間のアパートに住んでいたころ、ほら、レコードプレーヤーとラジオなんかがついていて、小さな家具みたいなオーディオがあったじゃありませんか。それで僕がよく聴いていていたのは、リンジーディポールやバンダイクパークス・・・。懐かしいな・・・・・。

 久しぶりに聴いた真空管の音は、あの時のカンジだったのです。「僕もこれが欲しい!」と思ってしまいました。そして3月のある日、「HEAVENLY」のCDの写真撮影が都内だったので、そのまま秋葉原に直行してしまいました。一番安いキットを買うつもりだったのですが、その場でひとつ上のランクのものを聴いたものだからたまりません。予定より高いものを買ってしまうことになりました。(なんか人のせいにしている書き方だな)。
 飾り気のないダンボールに入ったキットを抱えながら僕の中の少年は(言い古された表現)こおどりしていました。わき目もふらず家へと向かうその道の遠いこと。家へ着くやいなや早速ダンボール箱を開けます。ケーブルやソケットやコンデンサー、そして真空管。早速マニュアルを見ながら製作にかかったわけですが、この続きは<真空管アンプ製作で>。
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<真空管アンプ製作>2000年 5月17日

 真空管アンプのキットが入った箱を開けまして、そこにある実体配線図(部品やコードが絵で書いてあり、丁寧に色分けがしてある)をまず読みます。お店の人には1日に2時間かけて10日間はかけるようにとアドバイスされました。私はとにかく落ち着いて作らねば・・・・・、そんな気持ちでした。

 なぜならもし音が鳴らなかったら妻になんと申し開きをしたら良いのか?、そして僕の夢もモザイクのように崩れてしまうし・・。事の成否は今後の音楽人生にまで関わるような厳粛な気持ちで製作に入ったのです。

 何年振りかに嗅ぐハンダが焼ける臭い。ところで私は過去に何度ハンダ付けをした事があったのだろうか・・・。実はほとんどなかったのです。

 コードの色を確かめながら、危なっかしい手つきでの作業が続きます。1時間、2時間、3時間・・・・・。家の中には娘の友達が遊びに来ていたので賑やかな声が響いています。4時間、5時間。もうひとつだけ取り付けたら終わろうと思いながらもなかなか止められません。

 結局その日の夜中の1時頃に全ての工程が終わりました。見た目は完成です。ところがマニュアルの最後のほうにはこう書いてあります。

 「すべての作業が済んだら電源を入れてください。もし煙か火花が出たらすぐに電源を切ってください」。

 なんとスリルのあるお言葉でしょうか。コンセントを差し込んで、スイッチを入れます。1秒、2秒、3秒、真空管が暖まった頃、な、な、なんとボリュームを少し回したら音が出てくるではありませんか。クックック!
オー、ヤッタ!デキタ!感激、達成感、満足、ドウダ!、モンダドウダイ・・・・。 
 
 ところがしばらくすると嬉しいのと一緒になんだか不思議な気分がしてきます。なんでちゃんとできたんだろう???????????結構難しそうだったのになー。本当にできた。しかも1日で。

<格言>
はじめての事でも、ちゃんと落ち着いて丁寧に進めればできる。
                              岩渕まこと

 小学生の時に学びそうなことを今になって再確認した瞬間でした。なぜなら私は見た目と違い。実はとてもせっかちなところがあるのです。
(だから1日で作っちゃったんだろう!君)
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<永遠の借り物>2000年 6月27日

 真空管アンプの続きですが、真空管マニアにとっては色々な真空管を試してみることも大きな楽しみのひとつです。エンジニアのジョージさんは音関係のことはめちゃめちゃ詳しく、かつマニアックであります。

 二人が出会うと「どう真空管の調子は?」という会話から話がはじまります。すでに変です。僕は真空管のことは何にも知らないも同然なので、ジョージさんは気になってしょうがありません。出力管やなんとか管をスタジオのどこからか持ってきて「これを使ってみて」と言ってくれます。僕はお言葉に甘えるタイプですので「イヤ−!そんな良いんですか?」と言って受け取ります。そこでこのフレーズが出たのです「永遠に貸すから」「あげちゃうとそれで終わりだからな」。こんな物のやり取りは始めてです。

 この永遠に借りるというのは良いものですね、契りのようなものですよね・・・・・。つもりつもって今では真空管が4本と、なんとプリアンプまで永遠に借りています。そのひとつひとつから少しはにかんだようなジョージさんの気配がしています。今日も真空管がほんのりと赤く、灯りをともしています。
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<何とかの法則>2000年 7月19日

 真空管アンプ製作をご覧になった方から、こんなメールをいただいたので紹介します。  


【PEANUT 真空管アンプ製作 】 拝読しました。...なんか、情景が浮かんできますよね。

そこで僕が最近気が付いた「何とかの法則」です。

◆夏休みの宿題とは、
何日かけても始業式の3日前までには決して終わらないが、最後の3日間では必ず終わらせてしまうものである。

 変じて

◆仕事とは、
何日かけても「納期」の3日前までには決して終わらないが、最後の3日間では必ず終わらせてしまうものである。


 確かにこの世界には締め切り型人間が多数存在していますよね。私ももちろんそのひとりです。しかし今の私は、締め切りまで自分できめることが多く、締め切りを決める締め切りが、大事になってきています。
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<らーめん>2000年 7月25日

 やっぱりらーめんのことを書いてしまおうと思います。告白しますが、実はらーめんが大好きなのです。

 美味しくないらーめんに出会ったとき、何故か失望感が襲ってきます。何故この店にきてしまったのか、何故もう少し我慢をして、美味しい店まで行かなかったのだろうか、らーめんの味への失望もさることながら、その店を選んだ自分にまで怒りがこみあげてきます。

 らーめんの美味しさのひとつは、こだわっている人間の美味しさ、というところがあるのかもしれません。大体美味しいらーめん店の御主人は普通ではありません。日常の中で、何かにこだわっている人と会えるのは本当に楽しいものです。こだわりの人は、その人の経験を通してしか見えない世界を時々垣間見させてくれます。それはものを考える時の、良いヒントになることがありますし、日常の中にちょっとした贅沢を味合わせてくれます。

 私のらーめんの原点は、仙台市青葉通りあった、[ちょうちんや]というお店。この店は私の高校時代に閉じてしまったのですが、あのえもいわれぬ味は忘れることができません。もう一度食べたいと真剣に思っています。

 さてここで私の記憶に残っているお店をランダムに御紹介してみましょう。決して美味しかった順番というわけではありません。

●永福町/大勝軒

Hi−fiの大江田氏とよく行ったお店、ここの大盛りはとても食べられません。いくら食べても麺がわいてくる感じがします。もっとも注文する時に全部食べられるかどうかを聞かれますが・・・・・。

●荻窪/春木屋

今ほどは有名でなかった頃の先代のご主人はムーンライダースの鈴木慶一氏に似ていて、雰囲気がありました。

●大牟田/銀嶺

なんと店内に、このスープは命がけで作ったと書いてありました。

●京都/第一旭

ネギをたっぷりのせて食べるのが好き。何故かあきない。

●京都/天下一

こちらのお店は体調を整えてから臨んだほうが良いですね。

●西荻窪/やまちゃん

けっこう通いました。夜9時開店で青梅街道沿い。

●所沢/まぼろし軒

B&Bの洋七さんのお店と言うのはホント?

●高田馬場/正確な名前は知らない。

牛の目が青く光っているお店で、表にラーメン同好会と書いてあります、携帯電話禁止、会話はつつしむ、BGMにPPMが流れていたりすることもあるお店。僕は好きです。

●新宿/桂花

クラリネット奏者の柳瀬洋氏が大変好きだそうです。
☆先日柳瀬氏にお会いしたところ、現在は高井戸の大勝軒が最高とのことでした。

●信濃町/ホープ軒

ホープ軒と名のつくお店に初めていったのがこちらでした。ホープ軒のブランドにはいろいろとあるみたいで、幹7と青梅街道の交差店近くのお店に一番通ったと思います。今はないみたいですね。

●熊本/北熊

初回は本当に美味しいと思いました、2回目は期待しすぎたせいか、少しはぐらかされた感じ。チェーン店なので、店によって味が違うかもしれません。

●那覇/那覇そば

ラーメンではありませんが、ここのソーキそばが美味しいです。

●明石/2国ラーメン

国道2号線沿いにある。

●和歌山/かわせ→写真入ページへGO

このお店はなかなか奥が深いです。

●熊本/黒亭

なんと夏の盛りに人が並んでいました。


 実はもっともっと思い出しているお店があるのですが、なにせちゃんと名前を覚えていないのです。記憶が戻り次第追加してゆきます。

 いつかラーメンを食べているあなたの目の前に、スープを飲み干している私がいるかもしれません。
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<らーめん・投稿>2000年 9月8日

 私が開く事が出来る唯一のホームページは,まことボックスです。
5月?には,所沢の教会にきてくださってありがとうございました。

 ラーメン屋さんの情報がうれしくて,ついお手紙しています。大勝軒が真っ先に出ていて,(順不同)の但し書きがあってもうれしいです。

 いまから、30数年前,栃木県の鹿沼から引っ越してきた私は、中学の同級生が東京弁で,大勝軒のうわさをしているのをききました。やっぱり、すごいな、東京の中学生は,ラーメン屋の事話すときも,東京弁だ。驚き,と羨望と、あこがれと、、、わたしも何時か,その大勝軒に行ってやる。

 そして,あの,「おそば」・・・(あの店では、こういいますよね。)を,前にしたときの気持ちは忘れる事が出来ません。

 わ,私も東京の人になったんだ。そして、あのうまさ。ほとんど火傷状態になっている舌を、あの氷いっぱいの水で癒し、また食べ続けるうれしさよ。

 というわけで、その後本当に変わらないおいしさ、永遠になくならない食べ物を知るまでに17年がかかる事になるのです。

 毎日のようにヘブンリー聴いています。では、お邪魔いたしました。
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<落ちこぼれ>2001年 1月17日

 以前から好きだった詩人、茨木のり子さんの「落ちこぼれ」という詩に感動したので紹介します。本来は縦書きの詩です。


「落ちこぼれ」   茨木のり子

落ちこぼれ
   和菓子の名につけたいようなやさしさ

落ちこぼれ
   いまは自嘲やできそこないの謂

落ちこぼれないための
   ばかばかしくも切ない修業

落ちこぼれにこそ
   魅力も風合いも薫るのに

落ちこぼれの実
   いっぱい包容できるのが豊かな大地

それならお前が落ちこぼれろ
   はい 女としてはとっくに落ちこぼれ

落ちこぼれずに旨げに成って
   むざむざ食われてなるものか

落ちこぼれ
   結果ではなく

落ちこぼれ
   華々しい意思であれ 
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<手紙>2001年 3月22日
 模様替えが好きなことは前にも書きましたが、次週の歌声の作曲にあたり、部屋を整頓せねばと思い立ち、ちょっとした模様替えをいたしました。普段開かない箱を開けてみたら、懐かしい手紙があったのでそれを紹介します。

 この手紙が私に届けられたのは、私が小学校2年生の時でした。9月28日、誕生日の夕方、突然高熱が出て、はじめはただの風邪と診断されたのですが、熱が下がらず、大学病院で診てもらったことがあります。結果は腸チフス。即、入院となりました。

 紹介する手紙は小学校のクラスメートが書いてくれたものです。今ごろになって読み返してみると、感慨深いものがあるので、いくつかをそのままの文章で紹介します。名前も実名にします。



いわぶちまことくんへ  迫むつ子

まことちゃん、びょういんはたいくつでしょう。十五日の日よう日はみんな学こうにきて、おとうさんのふけい会があったのよ。ふけい会がおわってから、おとうさんたちのやきゅうがあったの。そして、二年生が一とうしょうをとったのよ。
きょうは、おんがくで「一つのばすのは、タンよ。二つのばすのは、タアよ。」と先生におしえてもらいました。
それから「やすむところはウン。」とおしえてもらいました。
とっちゃん(ひとしちゃん)たちは「ウンコ。」といってふざけていました。さようなら  うら↓

きょうならったおんがくのえ
(手紙の裏にリズム譜が2段書いてある黒板の絵が書いてありました。4分音符や8分音符がしっかりと張り付いています。)



岩ぶちまこと君へ  おのでらかずゆき

まこと君、12日かんも40どのねつがでてひどかったでしょう。でももうねつがさがったからよかったね。
16日に先生がきたでしょう。
先生が17日「まことくんはもうげんきだよ。」
ていってたよ。
だからぼくはあんしんしたよ。
こんとからそんなひどいびおきにならないでね。
ぼくもそんなにひどいびおきにならないからね。
ぼくなにかおくりたいんだけどおくるものがないからこんどおくるからね。
じゃあさよなら



いわぶちまことくんへ  ひらのみきこより

まことくんえんそくへ行かれなくてざんでしたね。
まことくんねつがさがつてよかったね。まことくんかりょくはつでんしょをみなくてざんねんだったねまことくん
わたしきょうはほし先生にきいたけど「やせたつてね。」
「まことくんしがないようにねななえちゃんはまことくんがしんだらなんぼかなしいかわからないよまことくんたいくつでしょうみんながまことくんにてがみをかいてくれるよだから たいくつしないでね。
げんきで だいじにさようなら。」



いわぶちまことさまえ  小野仁

まことくんいままでいじわるしてごめんね
これからわいじわるしないからはやくたいいんしてね
がこうにきたらいしょうあそんでね
えんせくにいたらぼたかいるから
いしょにあそぶとしたらこなかたからなにおしたんだとおもたらびよきになてしまたからびくりした
かるいともたらひどいびよきなのでびくりした
ひどいけがおなおしてね
それじゃさよなら



いはぶちまことさまえ  わたなべゆうこ

まことちゃん、げんきですか、わたしもげんきです。
まことちゃん、ななえちゃんが、しんぱいしていましたよ、それにもう、えんそく、はおはったからえんそくの、けしきや、あそんだことお、おはなし、します。
一ばんさいしょは、バスにのって、それから、せんえんかいどうおとおって、それからまちの、ようなところおとをったりたんぼお、とおったりたばこのこうしゃもとおったしあと、三ぼんたったえんとつのこうしゃもと、おったしそれからあとはずうと、やまみちお、とおったしそれからやっとえんそくのところに、ついてから先生がみなさんそこにすはんなさいといったからみんなのはらにすはりそれから先生がいいました。
あかいはたがみえなくなるところにはいかないとやくそくしました。それからみんなでごはんおたべたりあそんだりしてこんどはもうバスにのってかえりました。
(おはり)



岩ぶちまことさまえ  大岡行典

まことくんえ
まことくんいまびょういんでなにしてる。
まことくんはいつがっこうへくるの
ぼくはきょうほし先生にきいたけど
もうしこしでたいいんできるんだってね
ぼくまってるよまことくん
ぼくたちはこのまえの木よう日えんそくにいったけどまことくんはいけなくて、さびしかったでしょう。
まことくんはおんがくがすきで
おんがくのあるひっとゆうといつもちょめんも本もわすれないね。
まことくんさようなら



いわぶちまことくんへ  かまうちしん

まことくんげんきですかぼくもげんきです。まことくん日ようびに、そふとぼうるたいかいがあったのしっていますか、しっていたらてがみをください
ぼくはまことくんが40どのねつていったからびっくりしました
だけどおかあさんにきがつよい人はこうなるんですといっていたからあんしんしました、ぼくはううんとびっくりしたのであせがでてきました
まことくんはしやわせだね
(お わ り)



いわぶちまことくんへ 伏見均

まことくんぼくたちはいつでも学校からかえるとすぐけんこうでやきゅうやなんかをします。
一ばんさきにぼくがてつおくんのうちへい来ます。そうするといわぶちくんとなかおくんとかまうちくんがきます。
そのすぐあとてつおくんのにいさんが赤いバットとくろいバットをもってのそのそ来ます。
(おわり)



いわぶち まこと君へ  かんとしこ

「まことくん、もうよく、なりましたか。」わたしは、とても、げんちです。まことくん、はやくよくなって、がっこうにちてね。そして、かおおみせてください。」わたしは、とても、よろこんで、まっています。」
まことくんさびしくありませんか、わたしは、とてもさびしくは、ありません。まことくん
はやく、げんちになってね。」やすんだときは、わたしは、とてもさびしくなりましたでも、まことちゃんは、もうよくなったそうですね、わたしは、ほし先生からききました。」まことくんよかったですね。
わたしはまことくんが、やすんでから1どもやすまないでがんばりました。」
まことくん、よかったですね、よくなって、
わたしは、あんしんをしましたまことくんは、ねつが40からうんとあがったようですね、
はやくかおおみせてね。よくなったかおおね。
ほんとうにみせてね。
まことくんさようなら・」



 もっと他にも紹介したいものがありますが、これくらいにしておきます。この手紙の日付は10月17日(火)になっています。遠足は塩釜の近くの火力発電所に行ったようです。「せんえんかいどう」は国道45線のこと。45号線は仙台と塩釜間では仙塩街道と呼ばれていました。「けんこう」は県立工業高等学校のこと。みんな「けんこう」と略していました。けっこうローカルな言葉が登場しています。

 今、手元には34通の手紙があります。何通かの手紙の中に「ななえちゃん」が僕のことを心配していると書いてありました。その「たじまななえちゃん」の手紙をみつけましたが、それは封筒だけで中身はありませんでした。

 この時代から40年近くが過ぎた今、みんなはどうしているのだろう・・・・・。仙台市立片平小学校の同級生!連絡くれ〜!
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<reflections>2001年 5 月 9日
 私が飛行機で旅に出る時、ひとつの楽しみがあります。それは羽田空港、JALのチェックインカウンターそばにあるCDのお店に寄ること。そのお店はお土産屋さんの中の階段を上った所にある小さなお店です。入り口のあたりには日本のシンガーのCDが並んでいるのですが、奥のほうには外国物のCDが適当な配分で並んでいます。

 僕にとって適当というのは、あまりにマニアック過ぎず、かといって私の好きなアーティストのものはそろっている、という品揃えのことです。

 先日、大阪への旅に出るときに購入したCDのタイトルが「reflections」。アーティストは「Lee Oskar」。ハーモニカ」の巨匠です。購入のきっかけはジャケット。それは、南米とおぼしき空気感の緑の中に、ハーモニカを吹く少年と黄色いスイカをかじっている少年が並んでいる絵のジャケット(我が妻は気持ち悪いと言いました)。
 このジャケットに目がとまり、ミュージシャンをチェックしてみるとBassにAbraham Laborielの名前があり、即買うことに決めました。

 Abraham Laborielはコイノニアとして何度も来日しているベーシストで、その音と同じく暖かなハートのミュージシャンです。
 
 彼がクリスチャンであることもあり、十数年前に会ったことがあるのですが、その当時闘病中だった娘のために祈ってくれました。AKIKOという娘の名前を口にして祈ってくれたそのことが、今でも忘れられません。

 この頃、ハーモニカの音が聴きたいと思っていた私。そこにLee Oskarのジャケットが登場し、ミュージシャンにAbraham Laboriel。これはもう買わずにはいられません。

 今、このアルバムを聴きながら書いています。真空管アンプの暖かさも加わってすごく良い音です。

 実は、さっきまで私もハーモニカを吹きまくっていました。もちろん10穴のブルースハープです。ギターを弾きながら時間を忘れて吹いていたら、少し唇が腫れてしまったようです。

 まだまだ音楽でやることがいっぱいあるな、と身体で感じている今の私です。

 「reflections」を私のお気に入りに加えましょう。
 
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<ブギー その1>2004年 3月 29日
 生まれて初めて犬を飼いはじめた岩渕一家。実は飼うべきか飼わざるべきか、相当に悩みました。最後まで責任を持って飼えるかどうか、かなり真剣に考えました。友人達は「犬はいいよ」という人がほとんどでしたが、「いや、やっぱり飼うのはやめよう」と私達夫婦は二度ほど固い決意をしました。

 しかし言うこととやることは時にちぐはぐなものです。その後も私達夫婦はペットショップに足を運んでみたり、ネットで色々と調べてみたり。そうこうする内に、私のなかに犬を飼いたいという気持ちが強まってきました。 

 興味を持って見始めるといろいろなことが見えてくるものです。ペットショップをめぐっているうちに、色々な店があることに気づいてきました。店に入った時の臭いや犬達の生活環境、店員の方の知識や雰囲気などetc。

 さらにペットショップよりは信頼できるブリーダーから購入するほうが良いということも知りました。でも初心者にとってはどうしても身近にあるショップに足が向きます。やがて、もしも飼うとしたら、小形犬か中形の小くらいの大きさで、無駄吠えがあまりなく、運動量も多くなく、体臭も少ない犬種が良いなどど、自分達で飼える条件を考えるようになりました。

 ある日旅先で100種類の犬種が載っている本を見つけ、ながめていると私はブルドックのようなぶちゃむくれ系が好きであることがわかってきました。結局珍しいものが好きなんですね。それからはパグ、フレンチブルドック、ボストンテリアが気になってきました。特にボストンテリアが可愛いなと思いながら、ネットで検索してみたり楽しんでいました。

 そんな3月のはじめ、本当に犬を我が家に迎えようかいう雰囲気が盛り上がってきたのです。土曜日の午後、妻と二人でいくつかのペットショップを見てまわりました。今はミニチュアダックスが人気でどこのショップにもいます。私が好きなぶちゃむくれ系のフレンチブルドックなどは高価でとても手がでません。ボストンテリアもそのとうりです。

 ショップを回る最後に以前あまり印象の良くなかったショップに立ち寄ってみることにしました。なんとそこにいたのが[ブギー]でした。犬種はMIX、30%Offの字が目に入りました。近寄ってみると我がぶちゃむくれ系。パグとボストンテリアのMIXと書かれてありました。

 変わりもの好きな私には完璧な条件です。でも妻はその風貌に二の足を踏んでいました。翌日、礼拝に出席した帰りにその店に寄りました。とてもきれいなキャバリアに妻は興味を示していました。私としては妻が一番ぴんとくる犬で良いと考えていたので、キャバリアも有りかなと思っていましたが、お店の人がキャバリアの抜け毛は半端ではないとのアドバイス(良い店ですよね)。妻もそれでは無理だなとあきらめました。

 さあそこでMIXのぶちゃむくれ君が急浮上です。妻は「みんなが良いのだったらいいよ」と発言。お店の人に明日家族で見に来るのでそれまで仮予約の形にできますか?と訪ねたところ「いいですよ」との返事をもらい帰宅。

 翌日家族全員で面会にゆきました。家族はみんな気に入った様子。その場でぶちゃむくれ君は我が家に来ることにきまりました。私はあわてて犬を迎えるのに必要なものをそろえてセッティングをし、改めてショップに迎えにゆきました。

 3月8日午後、本当に我が家に犬がやってきました。とまどいながら照れながら、飼い主修行のはじまりです。つづく。



もう我が家に来て3週間になります。
家の中はけっこう犬臭くなっています。
でももう後には引けない
家族のひとり(一匹)。



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<ブギー その2>2004年 4月 23日
 まずは名前を考えなければなりません。東北弁で「そうです」のことを「んでがす」というので、「デガス」とか、かわいく「クッキー」とか、岩男、ステップ、ベリー、ハッピー、ラフ、J、などなど、いろいろと候補があがりましたが、最終的に妻の案で「ブギー」に決定。3月8日から彼は「ブギー」と呼ばれることになりました。

 最初の夜から食事も摂り、新しい環境にも関わらずおとなしく眠りました。翌朝は私達のほうが気になって早く起きてしまいました。ちょっと覗くと落ち着いた様子なので、私は部屋に戻って少し仕事をしていました。しばらして妻と娘が悲鳴をあげています。なんとほんの少しの間にブギーが○○チを撒き散らしていたのです。妻と娘は○○チにまみれながら掃除。ブギーとの最初の朝はこんな風にして訪れました。もちろん家族のなかに一抹の不安が駆け抜けてゆきましたよ、一抹の不安が。

 さてさてブギーとのやりとりがはじまったわけですが、当方犬の気持ちなどわかるわけもなく、気がつけば家族みんなで「かわいいかわいい」「こりゃ天才犬だ」とほめまくり。この時すでにブギーの支配意識が芽生え始めていたのでしょうね。私達が椅子に座っていると膝に前足をかけてきます。ついつい抱っこしてしまっていたのですが、次には手を噛んだり足を噛んだり。なめられてはいけないと叱ると、いっそう興奮してくる始末。牙をむく形相はぶちゃむくれ君などというなまやさしい顔ではありません。興奮した獅子舞って感じ。こちらの方がほんの少し恐怖を感じてしまいます。

 ブギーもこちらが動揺しているのがわかるのでしょう、一向にひるむ様子がありません。本やネットで調べても犬の躾かたに関しては考え方の違いがあるようで一律ではありません。叱ってよいものやら悪いものやらわからなくなってしまいました。飼い主の方がその方針に自身がないのですから、ブギーのほうもとまどってしまうのでしょう。

 さいわいにかかりつけの動物病院の先生が以前からの知り合いだったこともあり、ワクチン注射を受けにいったときにいろいろと教えていただきました。トレーナ-の女性の方が丁寧に教えてくださったのですが、その方がブギ-を扱うとなんとブギーがおとなしくしているではありませんか。犬はその場の空気というか人の波長を読んでいるんだなと痛感。

 その方のアドバイスでは「今は訓練が必要ではなく、躾が肝心」とのこと。「とにかく落ち着いている時間を増やしてください」とアドバイスをもらいました。なるほどとうなずき、家に帰ってトレーナーの方がしていたようにやってみるのですが、ブギーはぜんぜん言うことをきかない、静かにもならない。どうもなめられている。

 犬の飼い方の本によると、犬としても安心できる主人を求めているのだそうです。でも飼い主を信頼できないのでしかたなく自分が主人にならなければと思い、犬なりに頑張っているとのこと。なるほど思い当たらなくもありません。

 犬を飼ってわかったことのひとつは私自身のこと。自分の行動パターン、気の短さ、気まぐれさなどが見えてきます。本当の子供を育てる前に犬を育てておけば良かったかな、そうすればもう少し・・・・・・。などと考える始末。いい勉強になりますよブギーさん。つづく・・・かもしれない。
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