鯨の日




 紙、綿、皮、書籍、木、鉄、銅、陶器、錫、鋼鉄、絹・麻、レース、象牙、水晶、磁器、そして銀。そう私たち夫婦は2年前に銀婚式を迎えたのです。

 数年前に何気なく「銀婚式になったら何をしたい?」と妻に聞いたところ、「鯨を観たい」との返事。私にとってはかなり意外な返事でした。それ以来、鯨を観にゆかなければ、という気持ちが時々頭をもたげてきました。妻の言う鯨とは、TVや映画で観るような、大きな尻尾をスローモーションのようにしならせて、水しぶきをあげるイメージであることは疑いの余地がありません。 「南極はちょっと無理だろう」「でも和歌山とかのセミ鯨ではないよ」と頭の中で会議がはじまりました。それからというもの旅先で鯨の情報をちょこちょこと集め始めました。

 その中でも一番有力だったのが沖縄の慶良間諸島。1月から3月くらいまでザトウクジラが観られるとのこと。コンサートで慶良間に行った折に、観光案内所の娘さんに「何日くらいいたら観られますか?」と聞いたところ、あっさりと「毎日観られますよ」という返答。ちょっと拍子抜けした感がありましたが、私の中では「ここだな」と目標が定まりました。

 2003年6月が銀婚式だったので、翌年の2月に沖縄へ行こうと決めていました。しかし思いがけないことが起きるもので、その年の秋に妻の乳がんが見つかり、鯨どころの騒ぎではなくなりました。10月に手術、そして抗がん剤の投与。つらい治療が続く中、妻のベッドサイドには「元気になったら観に行こう」と私がプレゼントした鯨の写真集が置かれていました。

 ゆっくりと春が来て妻も少しずつ体力が戻っているようでした。でも心のほうはそう簡単ではありません。6月の「ふたつのJ」のレコーディングには制作の一員として相当な決心をして取り組んでいたと思います。なにせ長時間の集中力が必要になりますし、やがて徹夜をしなければならないことにもなるでしょうし、いろいろな面で不安になるのは当然だと思います。

 しかしレコーディングに入ると、妻は新しい力をもらっていることがわかるほど、いきいきと仕事を始めました。だんだん力がみなぎってゆくようでした。「ふたつのJ」は私たちにとって大切な作品になることは以前から感じていましたし、実際に制作に入るとそのことを強く感じました。

 レコーディングをきっかけに妻は力を取り戻し、7月からはジムで体力づくりに励むようになりました。最初は夫婦で入会したのですが、私はすぐに挫折してしまいました。

 そんなこんなの2004年も終わり今年の1月、私は鯨の準備をはじめました。すでに頭の中は慶良間でしたので2泊3日くらいでどうだろうとプランを練ってはみたのですが、なにかしっくりきません。そのとき12月にハワイに歌いに行ったとき、ホノルルからもホエールウォッチングができると聞いたことを思い出しました。さらに帰りの便で知り合いの方と出会い、その方の新婚旅行はマウイ島だったこと、そして「銀婚式ならばマウイ島くらいに行かなくちゃ」とおすすめの言葉までもらったことを思い出しました。

 早速ハワイのツアーを調べはじめました。まあいろいろと迷いましたが、銀婚式と妻が元気になったお祝いもかねて大奮発するか、とハワイ行きを決めました。マウイ島とオアフ島4泊6日の旅です。

 ずいぶんと前置きが長くなってしまいました。旅は2月14日に成田を出発し同じ14日朝ホノルル着。2時間ほどの待ち合わせでそのままマウイ島のカルフイ空港へ向かいました。飛び立って20分ほどで着陸。降下を開始してからはかなりゆれました。空港からはシャトルバスでホテルまで向かいます。バスには私たち二人だけ、運転手さんと片言の英語で話しながら車窓のマウイの景色を追いかけます。一面のサトウキビ畑、砂糖精製工場の高い煙突。バスは30分程で目的のホテルに到着しました。


さっそくホテルのビーチへ
やしの木に登っているのは
古い葉を落とすためです
ちなみに私ではありません



 1日目は特にプランはありません。夕食まで近くの町、ワイレアへ出かけてぶらぶら。早速お土産のことが頭をよぎる、ウイーアーニッポンジン。



こんな看板のお店発見
店内は有名ミュージシャンや俳優の
グッズがいっぱいでした



 さて2日目はこの旅の目的であるホエールウォッチングの日です。午前は島内観光で午後にホエールウォッチングの予定です。8時半にホテルにピックアップがあり、最初の目的地イアオ渓谷へ向かいます。日本人のドライバーさんがマウイの歴史を教えてくれます。このイアオ渓谷はカメハメハの軍勢がマウイ軍を追い詰めた所とのことです。


イオア渓谷
谷の奥は雲で見えません
とんがっているのが
イアオ・ニードル標高690m


 次は砂糖キビ列車。これに乗るのを私はけっこう楽しみにしていました。途中で自転車に抜かれたのには驚きましたが、30分ほどのんびりと列車にゆられました。



ターンテーブルで回転中の機関車
右の人は僕じゃないかんね〜


ひたすらのんびり
時には緑の丘の上
民家の軒をかすめ
直前を横切るバイクに警笛を鳴らしながら
走る



 砂糖キビ列車を降りると今度はラハイナの町を散策して昼食です。ラハイナはハワイ王国の首都であったところで、以前は捕鯨で栄えていた町です。


ラハイナの海岸べりで

沖にヨットが座礁中でした



街角で

ギターをかき鳴らした後は
JESUSの話をするらしい

ガイドさんが言っていました



 昼食をおえてしばらくしたらいよいよホエールウォッチングです。「旅の2日目に最終目的!!」と妙に興奮してきました。船は日本語のガイドさんが乗ってくれます。できるだけ船の前で観ると良いと教えてもらい、船首へ。私たち遠慮もせずにタイタニック状態に陣取りました。さあ出港です。



出港後、後ろを振り向けば



 ガイドさんが「1点だけを見ないであちらこちらを探してください、ほら!遠くに潮を吹いているのが見えていますよ」。鯨のいる方角をあらわすのは時計の文字盤に置き換えるそうです。正面ならば12時、右ならば3時というわけです。近くにいた方々と「ウワ!いた」とか「あそこあそこ!」とかいわずに「○時」と言いましょうなどと盛り上がるうちに船は波の荒い沖に出てきました。あまりの揺れにしゃがみこむ人までいます。だんだん潮吹きを探すのが上手になってきました。そしてとうとう鯨が現れはじめました。



わかるかな?


跳んだ後・・・


出現



 私は鯨を探すは写真は撮るは、カメラの電池は無くなるはの大騒動。上下に2m〜3mくらい揺れながら「2時!」「9時半!」の声が飛びます。

 ハワイでは船が鯨から100m以内に近づいてはいけないという決まりがあります。ですから普通は上の写真のような感じになるわけです。時間が経ちけっこう鯨が観えているにも関わらず船が帰り始めました。ガイドさんが「帰りは波をかぶるかもしれないので中に入りませんか?」とアドバイスしてくれたのですが、私たちの目的は鯨。最後まで観てやるぞと続けてタイタニック。私たちの他にも2組のカップルが粘っていました。

 そんな矢先、なんと船の下から鯨が浮上してきたのです。すぐ目の前に鯨。口の周りのいぼいぼもはっきりと見えて、その鯨は私たちのすぐそばで潮を吹きました。そこに虹が架かったんですが、信じられます?(自分でこのことを誰かに話しながら、なんか嘘つきみたいに思われてないかなと思ってしまう私です。)

 そして目を横にやれば船の下を巨大な鯨の影が通り過ぎてゆきます。ガイドさんがいうのには「宝くじに当たったようなもの」だそうです。

 自分としては妻の夢をかなえられたことが嬉しくてジンとしてしまいました。そういえばこれまで妻の夢をかなえてあげることなんて無かったような気がします。聖書では約束のしるしとして虹が登場します。虹の中に神様の気配がしたような瞬間でした。

 ホテルに帰ってから夕日を見にビーチへ出ました。大きな夕日が沈む間にも遠くにいくつもの潮吹きを見つけることができました。こんなに身近に鯨がいるなんて思ってもみませんでした。何年ぶりでしょうか、一日が終わるのが少し切なく感じる、こんな夕暮れは。

 さて翌朝はまだ暗い6時15分にピックアップのバスに乗って空港へ向かいました。あっという間のマウイ島でしたが抱えきれないほどのお土産をもらいました。私はすっかりホエールウォッチングのファンになり「もう鯨は食べない」などど密かに思いました。



ハレアカラ山
にもうすぐ日が昇る
この平らな山が標高3000mもある休火山
「2001年宇宙の旅」のロケ地



 ホノルルへ戻ると現在ウエスト・オアフ・クリスチャンチャーチの牧師、中村裕二氏に電話を入れました。早速昼食を一緒にということになり、ホテルで待ち合わせ。食事の後はホノルル市内を一望に見渡せるパンチボール(軍の墓地がある丘)や高知城を模した教会、マキキ教会を見にゆきました。



マキキ教会


ホテルからの日没



 さてハワイに来て4日目。旅の最終日となりました。今日は午後から中村夫妻に島内を案内していただくことに。最初はヌアヌ・バリという場所。断崖の上にある峠で強風が吹くところで有名。その後はビーチで休んで曙のお母さんのおみやげ屋さんに立ち寄り、海岸沿いをドライブ。潮を吹く岩やハナウマベイ、ダイヤモンドヘッドなどに立ち寄って、最後は夕暮れのワイキキビーチを歩き、フリーのハワイアンショーを観、チーズケーキファクトリーで夕食。完璧な観光コースでした。



潮を吹く岩


カピオラニ公園の夕暮れ


ワイキキビーチの夕日



  私たちは新婚旅行もしていませんし、ギターを持たない旅行もほとんどしたことがありませんでした。今度の旅もいろいろと悩んだ末の決行でしたが、心身共にリフレッシュできた時間でした。生涯忘れることのできない思い出が生まれました。

 これまでは旅の思い出を何かに残そうと思ったことはありませんでしたが、今回ばかりは飛行機のチケットやら、観光案内のパンフレットやら、ホエールウォッチングの乗船券やら、全部を持ち帰りました。これから時間のあるときにこの旅をスクラップして残そうと考えています。

 鯨の日、それは大きなプレゼントでした。でも遠くにでかけなくても鯨の日はあることがわかります。氾濫する音や情報をOFFにするだけで、私の部屋にも鳥の鳴き声が聞こえてきます。スイッチをOFFにしようと思い立つ鯨の日を心に持ちながら、今度はギターを持って旅が始まります。

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