人生に波風が立つのは防ぎようがない

 これから書くことは、とっても重要なことのはずです。 生きていくうえで、どうして自分の意に添わないことが多すぎるのか、そしてそのことをどのように理解すれば、生きることの苦しみや悩みを少なくすることができるのかを考えたいと思います。 決して、悩みや苦しみがなくなるわけではなく減らせるかどうかということです。

  私たちはできることならば、毎日の生活が平穏無事であってくれと願っていますが、果たして自分の期待するような日々はどれくらいあるのでしょうか。 毎日毎日が予期しなかったようなことがおきているというのが、実体ではないでしょうか。 と言うことは、いくら自分たちが願っても現実にはその願いが達成されることの方が少ないということです。 人生は自分の考えるようにはならないのが、普通だということではないでしょうか。 

  どんなに何ごともないようにと願っても、予期せぬできごとは向こうからやってくるのです。 たとえば交通事故に遭わないように自分がいくら気をつけていても、信号無視をした車がつっこんでくることもあるのです。 相手によかれと思ってしてあげたことが、相手を怒らせる原因にもなるのです。 人生で予期せぬできごとは、避けることのできないものなのです。 自分たちにできることは、そのような予期しないできごとが起こる可能性を少なくするくらいのことなのです。 避けることのできないことを避けようとするから、よけい苦しまなくてはならないのです。 すなわち現実を受け入れることができないから、苦しみが大きくなってしまうのです。 予期しないことが起きる可能性を少なくするとは、

常識を身につける
常に気配りをする
現実を見極める
知恵と知識のバランスをとる
ものごとの因果関係を知る
人間の心の在り方や真理を知る
誠意を尽くす
信頼される人になる
なにごともプラス思考で考える
責任回避をしない
基本を大切にする
誤解を招かないように自己主張をする
八方美人にならない
失敗を勉強として同じ失敗をしないように努力する

  生きていくうえで予期しないことが起きることが避けられないとすれば、どうすればいいのでしょうか。 予期しないできごとの原因を取り除くことができないとすれば、残る道はひとつです。 なにか起きてしまったら、どう対処するかということしかないのです。 問題は対処の仕方が分からないから、苦しむのだと思います。 対処の仕方が分かっていれば苦労はしても、そんなに悩むことも少なくなるし、悩む時間も短くなるはずです。 これが生きる知恵だと言えます。 生きる知恵とは問題を起こらなくすることではなくて、問題が起きたらどうするかということです。 

  この知恵を身につけるためには、人生を積極的に生きる(なにごとも経験する)しかありません。 いまの若い人たちに積極的に生きる姿勢が欠けているからこそ(私の若いときと同じだから、大きいことは言えないのですが)、人生に波風の起きることを必要以上に恐れるのではないでしょうか。 生きることが苦しくてどうにもならないということは、現実への対処の仕方が分からないということです。 現実への対処の仕方が分からないから、なにごとも億劫になる。 億劫になるから経験できなくて、ますます消極的な生き方をしなければならなくなってしまったのです。 この悪循環を断ち切るためには、決断が必要なのですが、小さいときから親の言いつけ通り生きてきた人には、決断の仕方や勇気のないことが最大の悲劇だと言えます。

  この一点を乗り越えることさえできれば、苦しみは大幅になくなるのですが、多くの場合それを耐えたり、努力することができない若者が以前と比べて多すぎるのです。 ちょっと苦しくなると自分で考えたり努力を放棄して、自分以外の人に依存してしまうから、いつまでたっても生きる力が湧いてこないのです。 生きる力は他人から与えられるものではなく、自分で試行錯誤の上に獲得するものなのです。 自分の努力なしに獲得した生きる力は、にせものであり、もろいものです。 生きる力は両親からは多大の影響を受けますが、それでも自分で獲得するものだと思います。 自分が忍耐強いか、思いやりがあるか、ものごとを積極的にいい方向に考えられるか、そのようなことが問題なのです。

  自分でどうしたらいいか分からなくて苦しんでいる人は、無意識のうちにもだれかに(多くの場合親)依存しすぎて生きているからではないでしょうか。 依存するとは、自分の生き方の決定権を放棄して、だれかの決めたこと、言われたとおりの生き方しかできないことです。 本当は自立して生きなくてはならないことを本当の自分が知っているのに、現実にはだれかに依存して生きているから、自己矛盾を来して苦しくなるのではないでしょうか。

  生きていくうえにおいてもっとも大切なことは、なにも起きないようにすることではなくて、なにか起きたときにどう対処するかということなのです。 予期しないことはかならず起きるのですから。 それなのになにも起きないようにすることに労力を費やしているから、なにか起きたときに対処できなくなるのです。 人生はよけいなことが起きないようにすることももちろん大切ですが、それ以上になにか起きたときにどうするかを学ぶことが大切なのです。

  なにも起きないようにしても、なにか起きてしまったら、なにも起きないようにする方法では対処できないのです。 だからここでも無力感を味わってしまうのではないでしょうか。 この点は重要なことです。 私も含めて多くの人が勘違いしているのではないでしょうか。 もう一度繰り返すと人生において大切なことは、予期しない余計なことを起きないようにすることももちろん大切ですが、それ以上に起きたことに対してどう対処するかなのです。 対処の仕方を知らないからすべてのことが消極的になってしまうのです。 対処の仕方さえ知っていれば、少々のことがおきても、あるいは大変なことが起きても落ち着いて対処することができるのです。 これが自信ということであり、自分を信じられるということだと思います。 このことを忘れてはならないと思います。

 対処の仕方は、そのときどき臨機応変に行動することが求められ、これといった画一的な方法がないから、人生は困難を極めてしまうのではないでしょうか。

  人生に何ごとも起きないようにするには、自らは積極的に行動しなければいいのです。 それでも外からなにかが襲ってくることは避けられないのですが、自らが原因でトラブルに巻き込まれる可能性はずっと少なくなります。 なぜそうなるかは、なにごとか起きてしまうと自分は対処できなくなるという恐れと不安があるからです。 なにもしない、さらにすすんで閉じこもりなどになっていくのです。 現代社会では自分がなにもしなくても、親が食べさせてくれますから何年でも閉じこもりは可能なのです。 自分の面倒をみてくれる人がいなくなったら、閉じこもっている人はどうするのでしょうか。 否応なしに社会と接触しないと生きていけなくなりますよ。 閉じこもっている人にはきつい言い方になりますが、この意味で自分と社会の双方に甘えていると言えます。

  人生に対して消極的に生きることは、波風が起きていないように見えますが、根本的なところで生きることをかえってつらくしているだけだと思います。

  このことは声を大にして、何度でも繰り返して言います。 生きることへの対処の仕方を誤るなと。 予期しないことが起きないようにすることが大切なのではなく、起きたらどう対処するかが大切だと、何度でも繰り返します。 そして問題はいつも解決できるとは限らないのです。 むしろ解決できないことも多いのです。 そのことをどう理解するかということです。

  自分でもどこに書いたのか忘れましたが、「逃げるから、ついてくる」と書いたはずです。 人生で出会うさまざまな問題と真剣に取り組まないで、その問題の解決から逃げているから、いつまで経っても解決方法が見つからず、その結果として自分に自信を失い自分の殻に閉じこもるしか、自分の身を守る方法がなくなってしまうのだと思います。 これは無意識のうちになされ、自分で気がついたときには閉じこもってしまっていて、自分だけの力ではどうにもならなくなっているのです。 人生は現実から逃げている限りは、苦しみや悩みはなくならないのです。 現実と真剣に立ち向かうことによって、はじめて悩みや苦しみは解決できるのです。 これ以外に解決はあり得ないのです。 現実に立ち向かえば一時的な苦しくなることは目に見えていますが、その苦しみを避けることはできないのです。 この一時的な苦しみを避けてしまうから、いつまでも苦しみが続き、無力感に陥って、ますます現実から逃避することになるのです。 いま苦しんでいる人は、自分は現実から逃げていないか、真剣に考えて欲しいのです。

  現実から逃げている限りは苦しみは続きます。 現実に立ち向かう勇気のある若者が少なくなったことが、閉じこもりや切れることの原因になっていると言えます。 なぜ現実に立ち向かえなくなった若者が増えているのかについては、ここではふれません。 親子関係が根本にあることだけは確実でしょう。  いま自分がどうにもならなくて苦しんでいるひとは、自分の親子関係にまでさかのぼって考え直すことも必要でしょう。


 

 「生きていくうえで避けられないことがある」と書きましたが、これはその続きみたいなことです。

  生きていくうえで避けられないことを避けようとすれば、どうなるかということです。 避けられないことを意識的に避けようとすれば、

事実を自分に都合のいいように解釈せざるを得なくなる
自分や相手に対して、うそを言わざるを得なくなる
その場しのぎをせざるを得なくなる
自分を騙しているという気持ちが、自己不信を招かざるを得なくなる
常にうしろめたさを感じるようになる
自分を強くしてくれる唯一のチャンスである経験がなくなるので、自己向上ができない

 避けてはならないことを避けることの最大の弊害は、自己不信を招くことと、自分の向上のチャンスを自ら放棄することでしょう。 避けられないことを避けることは、一時的には自分を楽にしてくれますが、最終的には自分で自分を追いつめているだけなのです。 あとは、書かなくても分かってもらえると思います。
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