自分を信じなければ、生き甲斐のある生き方はできない

 私はいままでに、しつこいくらいに「この世の中のすべての基準は自分だ」と声が枯れるほど書いてきました。 ここではそのことだけに焦点を合わせてもう一度書いてみます。

  なぜこの世の中を生きていくためには「自分がすべての基準でなければならないのか」、そして「自分がすべてのことの基準」とはどういうことなのか、そのことを考えてみたいと思います。 まず自分がすべての基準にならなければ、生き方がどうなってしまうかを考えた方が分かりやすいと思います。 自分がすべての基準にならないと、生き方は下記のようになってしまうのではないでしょうか。

  他の人(社会一般の常識と言ってもいいですが)の生き方や考え方を自分の生き方にすることにより、他の人の生き方や考え方がいつどのように変わるかも知れないので、常に他の人の動向を注視せざるを得なくなる。 その結果、他の人に対してこびへつらいがでてきて、八方美人にならざるを得ない。 自分のオリジナルの考え方を出せなくなる。 自分の考え方で生きることができない結果として、自信を失うことになる。 他の人の生き方、考え方が変われば自分の考え方や生き方も自動的に変わらざるを得ないので、心の安らぎを得ることができない。 心の安らぎを得られないから、心が不安定になり、ここでも自分自身の統一性がなくなって自信を失うことになる。 これについては「八方美人について」を読んでください。

  このようなことの根本的な原因は、自分の価値判断によって生きるのではなく、「相手が自分をどのようにみているか」という他の人の評価に自分の存在の理由を求めたこと、すなわち自分の生き甲斐を自分以外に求めたことにあると言えます。 自分は相手にどのように思われているかによって自分の存在を確認しようとしたことに、すべての原因があるのです。 自分に自信がないから八方美人になることによって、自信を得ようとしたことに間違いがあるのです。 でもはじめから自分に自信のある人はいないのです。 はじめから自信のあると思っている人の自信とは、自信ではなくて「思い上がりであり、身勝手であり、世間知らずであり、利己主義」なのです。

  どんな人でも、はじめから自信のある人はいないのです。 この点を勘違いしないことが、生きることを楽にしてくれると思います。 苦労して、涙を流して、恥をかいて、他人を恨んだり呪ったり、相手を信じたり裏切ったり、喜んだり悲しんだりして自信を得てきたのです。 自分に自信を持てないと苦しんでいる人は、自信がないのではなくて、自信をつけようと努力しないから自信が持てないのです。 だれだって方法さえ間違わなければ、自信を持つことができると確信しています。 かく言う私だって、なんとかここまでになれたのがなによりの証拠です。 決断さえできれば、自信を持つこともできるのです。 問題は決断できるかどうか、その一点にあります。 決断しなければなにも変わらないのです。 どうにもならないといって悩んでいる人は、言葉を変えれば「決断できない人」だということになります。 もちろん決断したからと言っても、自信をつける道は簡単ではありません。 簡単に自信が得られるのであれば、だれも悩みはしないのです。 

  自分なりの考え方を持つことの重要性が分かっていただけると思います。 生き方が苦しくなることの最大の理由は、自分で自分を評価するのではなく、他人の評価で自分を評価しようとしたことにあるのです。 人にはそれぞれ自分にしかできない生き方があるのに、自分の生き方や考え方を捨てて、他人(この場合は広く社会一般の常識とでも言う)の生き方で生きようとしたことにあのです。 自分に合わない服を着ようとしたら、なにかしっくりしないのはあたりまえなのです。 他人の服を着たら自分らしさがなくなることは誰でも知っていることなのですが、他人の評価という服を着ることに抵抗を感じない人が多すぎるのではないでしょうか。 自分に似合った服(考え方と生き方)が必要なのです。 自分で満足できる服装は、やっぱり自分で考えて納得して選んだ服ではないでしょうか。 他人から与えられた服装をしても、なにか自分ではないような気がするのではないでしょうか。

  自分に似合った服装すなわち自分らしい生き方とは、この世の中にひとつしかないものだと思います。 似たような生き方はあっても、細部に渡ってみればやはり一人一人違ってきます。 生きていく上においてほとんどすべての人は他人とは違った生き方をしたい、違った価値観で個性的に生きたいと思っているのですが、他人と違う考え方や生き方をするということは大変なことなのです。 多くの場合その辛さや苦しさに耐えかねて、社会の常識に迎合してしまうのです。 いつの間にか他人と同じ生き方になってしまうのです。 自分では納得できないけれども、だからといって自分なりの生き方をする勇気と自信がなくなってしまうのです。 

  多くの人が「自分らしく生きたい」と言いますが、自分らしく生きるということはそもそもどんなことなのか分かっている人は少ないのではないでしょうか。 自分らしく生きるということは、大変な苦しみや痛みを伴うものだということを忘れているのではないでしようか。 自分らしく生きるということは、勇気と、決断と、努力と、思いやりが必要だと思います。 自分にそれらの要素が欠けているのに自分らしく生きようとすれば、やっぱりそこには無理が生じてしまいます。 自分らしく生きるということはどんなことなのか、もう一度考え直すことも必要だと思うのです。 多くの場合の自分らしく生きると言うことは、自分の勝手気ままに生きる、好き勝手に生きる、自分さえよければ他人はどうでもいいという生き方を自分らしい生き方と誤解していませんか。

  自分で自分を頼ることができれば、周囲の評価を不必要に気にすることもなくなり、生きることに迷いがなくなると言えます。 自分を自分で信頼できる、自分に自信があるということが、どれほど大切なことかがお分かりいただけるのではないでしょうか。 この世の中は「自分がすべてのことの基準」なのです。 私たちひとりひとりが、この広い宇宙の主人公なのです。 自分以外の人が主人公ではないはずです。

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